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* 平成20年9月17日、商標協会での判決研究会は終了しました。平行輸入の事件をもとにして、商標の機能論とライセンス契約の解釈について講演しました。

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ライセンス契約違反の解釈と並行輸入

弁護士 永 島 賢 也
2008/6/13

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Interpretation of the Breach of Contract, and Parallel Imports. KENYA Nagashima

 > 商標協会判決研究部会

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(要約)

ライセンス契約の各条項のうち、完全合意条項の解釈の仕方を背景に、どの条項(文言)が重視されるかによって、ライセンス契約違反の商品の並行輸入行為の適法性の判断(商標権侵害の有無)が揺らぐ。

並行輸入と商標権

いわゆる並行輸入において、商標が付された商品を「輸入」する行為は、商標の使用にあたり(商標法2条3項2号)、我が国の商標権者の許諾を得ていない以上、形式的には商標権を侵害することになります。

商標は、他の商品との識別力を発揮することによって、その商品の出所を識別させる機能をもち、それゆえ、営業者としてもその商品の評判を汚さないよう品質の維持改善に努めようとする動機付けが与えられ、当該商標はその商品の品質を保証する機能を有するに至ります。前者は出所表示(識別)機能、後者は品質保証(保障)機能と呼ばれます。その他、広告機能について語られることもあります。

したがって、形式的に商標権侵害に該当するように見える場合でも、このような商標の機能を害さないのであれば、実質的にみて商標権を侵害するものではないと判断することができます(1)。

判決でいわゆる真正品の並行輸入であると判断されるのは、このような商標機能論に立脚した実質判断の典型的なケースであり、現在まで多数の判例が積み重ねられてきています(2)。

問題は、このような商標機能論に立脚するとして、具体的にはどのような要件が具備されれば、並行輸入品として認められ、商標権侵害品ではないと判断されるかにあります。

そこで、この問題について、フレッドペリーの商標が付されたポロシャツに関する事件を題材に検討してみましょう(3)。

東京地裁と東京高裁と最高裁(東京ルート)

当該事件は、輸入されたポロシャツが我が国の商標権を侵害するかどうかが争われた事案です。
東京地裁(平成11年1月28日判決)は、①当該標章が輸出元国における商標権者又は商標権者から契約等によって使用を許諾された被許諾者等によって適法に付されたものであり、②我が国の商標権者と輸出元国における商標権者が同一人であるか又は法律的若しくは経済的に見て一体といえる関係にあって実質的に同一人であると認められ、③商品の品質が実質的に同一であるといえる」場合には実質的違法性を欠くという各要件を掲げました。

そして、①の要件に関し、当該ポロシャツの製造が、海外ライセンサーと海外ライセンシーとの間のライセンス契約(製造地域の制限)に違反していたとしても、当該ライセンス契約が解除されない限りは、許諾を受けたライセンシーが製造販売した商品であるという点には変わりはなく、当該商品の出所が商標権者に由来していることを示すという意味において出所表示機能等は害されないとして、当該商品が並行輸入品であること、すなわち、我が国の商標権者の商標権を侵害するものではないと判断しました。

その控訴審である東京高裁(平成12年4月19日)は、上記東京地裁の判断を支持し(「製造地域制限条項違反が、商標権者と被許諾者との内部関係というべきものであって、当該条項に違反したというだけで直ちに真正品であることを否定するのは、商品の流通の自由を阻害するものであり、他方、商標権者には、違反防止の措置及び解除等が可能であることは、いずれも原判決の説示するとおりである」と述べ)、ただし、改めて主張された当該ライセンス契約の解除の事実を認定し、解除の効力発生後に当該標章が付された商品を輸入することはできないとしました(その限度で原判決を一部変更しました)。

そして、この事件の上告審である最高裁(平成12年10月13日)は、当該事件を上告として受理しない旨の決定をしました。

こうして、フレッドペリー事件の判決は確定しました。この時点では、製造地域の制限というライセンス契約に違反して製造された商品が輸入された場合でも、内国商標権の侵害は否定されたことになります。

大阪地裁と大阪高裁(大阪ルート)

他方、大阪地裁(平成12年12月21日)は、「Ⅰ)輸入商品に付された商標が表示する出所と、商標権者の使用する商標が表示する出所が、実質的に同一であり、Ⅱ)輸入商品に付されている商標が、右出所表示主体との関係で適法に付されたものであって、Ⅲ)輸入に係る商品の品質が、商標権者が商標を使用することによって形成している商品の品質に対する信用を損なわないこと」という各要件を掲げています(4)。

そして、Ⅰ)の要件に関しては、出所が同一であることを認めたうえ、Ⅱ)の要件に関しては、当該標章が、ライセンス契約上製造地及び製造者に関する約定に定められた範囲を超えて付されたものであり、出所として表示される主体との関係で適法に付された商標とはいえないとして、当該商品が並行輸入品であることを否定し、商標権を侵害するものと判断しました。

大阪地裁の考え方は、いわゆる「海外商標権者と内国商標権者とが法律的ないし経済的に同一人と同視されるような特殊な関係」という要件ではなく、直截に、輸入された商品に付された商標が表示する出所と、内国商標権者が使用する商標が表示する出所とが同一か否かという要件で判断しているともいえます。

その結果、出所の同一性を肯定しながらも、事案の解決としては、結局、商標権侵害を認めるという結論となっています(同判決は、品質保証機能の侵害性については判断していません)。
大阪地裁の要件Ⅰ)は、従来の判例の要件を一歩踏み出す契機を有していたものと評価することができます。もっとも、この要件については、大阪高裁では維持されたものの、最高裁では、従来通りの要件(いわゆる「同一人か、同一人と同視できる関係」)を要件と明示しています。

次に、大阪高裁(平成14年3月29日)は、上記大阪地裁の判断を支持し、「ア)これに付された商標が表示する出所と、商標権者の使用する商標が表示する出所が、実質的に同一であり、イ)当該商標が外国の許諾権者等により適法に付されたものであって、ウ)その商品の品質が、商標権者が商標を使用することによって形成している商品の品質に対する信用を損なわないものであるときは、登録商標が有する出所表示機能・品質保証機能を何ら害するものではないから、いわゆる真正商品の並行輸入として、違法性が阻却されるものと解するのが相当である」と述べています。

そして、ア)の要件につき、出所の同一性を認めたうえ、イ)の要件につき、適法に付されたとの要件を充たしていないとして、当該商品が並行輸入品であることを否定しました。そして、「当該商品の由来を示す限りにおいて出所表示(自他識別)機能が維持されているようにみえる場合でも、出所表示主体の品質管理機能が実質的には当該商品から排除されていると認められるとき」には、「適法に商標が付されたものということはできない」旨述べています(同判決は、品質保証機能については判断していません。)(5)。

最高裁判決

次に、最高裁(平成15年2月27日)は、「a)当該商標が外国における商標権者又は当該商標権者から使用許諾を受けた者により適法に付されたものであり、b)当該外国における商標権者と我が国の商標権者とが同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同一人と同視し得るような関係があることにより、当該商標が我が国の登録商標と同一の出所を表示するものであって、c)我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行いうる立場にあることから、当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないと評価される場合には、いわゆる真正商品の並行輸入として、商標権侵害としての実質的違法性を欠くものと解するのが相当である。」と述べています。

そして、海外ライセンシーが、海外商標権者の同意なく、「契約地域外である中華人民共和国にある工場に下請製造させたものであり、本件契約の本件許諾条項(6)に定められた許諾の範囲を逸脱して製造され本件標章が付されたものであって、商標の出所表示機能を害するものであ」り、更に、「本件許諾条項中の製造国の制限及び下請の制限に」「違反して製造され本件標章が付された本件商品は、商標権者による品質管理が及ばず、本件商品と被上告人(内国商標権者)が本件登録商標を付して流通に置いた商品とが、本件登録商標が保証する品質において実質的に差異を生ずる可能性があり、商標の品質保証機能が害されるおそれがある」旨述べています。

このように、最高裁は、出所表示機能については、これを害すると述べ、品質保証機能については、これを害する「おそれ」があると判断しています。
すなわち、出所表示機能を害するのは、当該商品が、許諾の範囲を逸脱して製造され標章が付されたものであるからとし、そもそも、出所は、許諾の範囲内であってはじめて正当に表示されるものであると解していると考えられます。他方、品質管理が及ばない場合に品質保証機能を害する「おそれ」があるとしますが、「おそれ」があるという状態のみで商標権を侵害するとの結論を導くことができるかは今後に残された問題ともいえます。

並行輸入の具体的要件論としては、b)に「海外商標権者と内国商標権者との同一性ないし法律的・経済的に同一人と同視しうる関係」という要件を復活させたうえ、これが、当該商標が我が国の登録商標と同一の出所を表示するとの判断の基準となるとしています。

また、c)の品質に関する要件としては、内国商標権者が、直接ないし間接的に当該商品の品質を管理しうる立場にあることから、その品質が内国商標権者の登録商標の保証する品質と実質的に差異がないと評価されるかどうか、という基準を用いています。

もっとも、この基準では、仮に品質管理が及んでいても、品質に実質的差異が認められた場合、品質保証機能を害すると評価されるかどうかは明らかではありません。現に、品質に実質的な差異が認められる以上、たとえ、品質管理が及んでいたとしても、品質保証機能を害し、内国商標権を害するという結論を採るのであれば、品質管理が及んでいたかどうかという視点は、品質保証機能の文脈では要件として機能しないことになります。

あるいは、品質に実質的な差異が認められる場合は、それのみで品質保証機能を害し、品質に実質的な差異が認められない場合には、更に、品質管理が及んでいるかどうか吟味し、それが及んでいなかった場合は、内国商標権の侵害を肯定するものだとすれば、品質保証機能とは独立した、品質の管理が及んでいたかどうかという基準を設けていることになります。

そうだとすると、商標には、出所表示機能と品質保証機能だけでなく、品質管理可能性機能という新たな商標の機能を付け加えることになります。この場合、商標機能論には、出所表示機能と品質保証機能だけではなく、品質管理の可能性の保護機能があると述べていることになりますので、ここに、商標機能論の拡張の傾向を見ることができます。

もうひとつの東京地裁判決と東京高裁判決(もうひとつの東京ルート)

ところで、更に、もうひとつ。上記事件と同一のライセンス契約に基づいて製造販売され、我が国に輸入されたポロシャツの事件があります。これは、先の東京地裁の事件を一部請求とする残部請求に関する損害賠償請求事件です(東京地裁平成13年10月25日判決・判時1786-142)。

これは、並行輸入の実体的要件判断に移る前に、訴訟法的な判決効の問題が提起されています。そこで、この論点についても若干触れてみましょう。

最高裁平成10年6月12日判決(民集52-4-1147)は、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した当事者が、再度、残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反し許されない旨述べています。

では、逆に、一部請求訴訟で勝訴(確定)した当事者が、その残部を請求する訴訟を提起した場合はどうでしょう。上記東京地裁判決は、残部請求で被告となった相手方当事者が、前訴の確定判決の理由中の判断を再び争って請求棄却を求めることは信義則に反し許されない旨述べました。

これは、たとえわずかな金額のみの一部請求であっても、被告側は真剣に争っておかないと、その請求が認容された後の残部請求訴訟の手続で、もはやその理由中の判断を信義則上争えなくなるというものであり、審理の充実に資するといえます。もちろん、残部請求の被告側は、損害論で争うことはできます。
 
しかしながら、この東京地裁判決は、その控訴審である東京高裁平成14年12月24日判決で、覆されています。その理由は、上記最高裁判決は、一部請求訴訟で敗訴した当事者の残部請求の事例であるところ、本件は、一部請求訴訟で勝訴(確定)した当事者の残部請求であるから「事例を異にするもの」であるとし、被告側に、再度、争う機会を認めました。

先行した一部請求訴訟における請求額よりも「はるかに高額の損害賠償を求められているのであるから、改めて並行輸入の実質的違法性の有無及び過失の存否等を争い、これらの争点について裁判所の判断を求めて、防御活動をなすことを訴訟上の信義則に反するということはできないというべき」としています。もっとも、同東京高裁の判決では、一部請求の請求金額と、残部請求の請求額の差が、どのくらい異なるときは、残部請求の被告側が損害論しか争うことができないと判断するのかは、はっきりしません。

いずれにせよ、一部請求で敗訴した被告側は、残部請求訴訟において、請求額の差によっては、再び、同一論点を争う機会が得られることになりますが、審理の充実・迅速という要請に反するおそれがあると思われます。

そして、この東京高裁判決は、「外国から我が国へ商品を輸入する行為が、実質的違法性がなく、我が国の商標権を侵害しないと評価される場合の一つとして、いわゆる真正商品の並行輸入を認めるべきであ」ると述べています。

具体的な要件としては、「その製造主体と我が国の商標権者との間に親子会社関係ないしライセンス契約(使用許諾契約)関係などが認められ、これにより、我が国の商標権者が親子会社関係ないしライセンス契約関係など通じ、直接的あるいは間接的にその商品の品質を管理することができることから、当該商標権の出所表示機能を害さないだけでなく品質保証機能も害さないと考えられる」「我が国の商標権者と商品の製造主体との関係は、親会社と子会社、又は単なるライセンサーとライセンシーなど、いろいろな場合が考えられるものの、商品の製造主体は、ライセンス契約関係等を通じて、これら商標権者グループの一員であるライセンサーにより管理されることになるのが通常であり、商標権者グループは、これにより当該商品の品質等を管理することができるのである」と述べています。

そして、「製造地域制限条項違反は、一般に、商標の品質保証機能を害する結果を導くものであり、ライセンス契約における重大な債務不履行を構成するものというべきである。」と述べ、他方「ライセンス料(許諾料)の不払などは、ライセンス契約における重大な債務不履行ではあるものの、商品の品質に直接影響する内容の債務不履行ではないので、当該商品が真正商品かどうかの判断に影響を与える債務不履行とみるべきではない」とも述べています。

このように上記東京高裁判決は、海外ライセンシーにライセンス契約違反(債務不履行)があったとしても、我が国に輸入された商品が、直ちに商標権侵害となるものではないが、品質に直接影響を与える内容の契約違反の場合は商標権侵害となると述べています。ライセンス契約の各条項には、いわば強弱があり、商標権侵害に結びつくものとそうでないものがあるという解釈といえます。

そして、最高裁は、その後、平成15年6月27日、この東京高裁判決について上告審としては受理しない旨決定し、判決は確定しました。

最高裁での運用の問題点

ところで、平成15年2月27日の最高裁判決の内容には、上記のもうひとつの東京ルートの審理内容が反映されていないと考えられます。
もうひとつの東京ルートに関する上告受理の申立理由書が最高裁に提出されて、わずか2日間後に、当該最高裁判決は言い渡されているからです。
最高裁における判決が必要になる事件は、同種の事件が当事者を変えて、複数、別々の地域ないし裁判所に係属することも多く、いわば、一次訴訟、二次訴訟、三次訴訟などが係属することを考慮にいれると、たまたま早期に最高裁に係属した事件について、先に判決を言い渡すことによって、その後に最高裁に係属した事件については既になされた最高裁判決のとおりとして上告受理をしない旨の決定を行うことは、果たして適切な運用といえるか、大いに疑問のあるところです。

東京ルートと大阪ルートの比較

では、いわば東京ルートの判決群と、いわば大阪ルートの判決群との間に認められる考え方の差は、どのようにして生じたのでしょう。

まず、ライセンス契約条項のうち、製造者限定条項が問題になっているかどうかに違いがあります。
東京ルートの判決群は製造地域の限定違反が問題になっていますが、大阪ルートは製造地域限定違反に加えて、更に、製造「者」の限定違反も問題にされています。同一のライセンス契約であるにもかかわらず、なぜ、このような違いが生じたのでしょう。

そこで、問題となった海外ライセンサーと海外ライセンシーとのライセンス契約書の内容をいま少し詳細に検討してみることとします。
当該ライセンス契約の条文の構成は、前文から第12条まであります。前文では、契約当事者である各会社の設立に関する記述があり、第1条には、契約用語の定義が記載されています。たとえば、契約地域(The Territory)とは、シンガポール、マレーシア、インドネシア及びブルネイを意味する、などと定めています。

第2条は、商標の使用許諾条項です。契約の趣旨からみて、最も重要な文言といえます。この条項がなければ、そもそも、使用許諾契約(ライセンス契約)自体が成り立たないからです。ここで「A」とはライセンサー(海外の商標権者)のことを指します。

 「A」 hereby grants the Licensee so far as it is legally entitled so to do a license and authority to manufacture sell and distribute the Products in the Territory and subject as hereinafter provided to use the Trade Marks in respect of the Products in the Territory.

 (訳)「A」は、本契約によりライセンシーに対し、法律上ライセンシーにそうする権利がある限りにおいて、契約地域内で契約品を製造、販売及び頒布し、かつ、本契約中以下に定めるとおり契約地域内で契約品に関し契約商標を使用するライセンス及び権限を許諾する。

第2条は、商品を製造し、販売し、頒布する地域をTerritory内に限定して、商標の使用を許諾しているものです。
この種の契約において、販売地域についての範囲のみが定められていることが通常です。というのは、販売地域こそ、使用許諾の範囲として重要であるからです。
ですから、たとえば、販売地域外の日本で販売したとすると、販売地域条項違反という意味でライセンス契約違反にはなりますが、販売した商品自体は、上述したような要件を充足することにより、並行輸入品として適法となります。
その意味では、ライセンス契約違反の商品が、直ちに、商標権侵害品なるとは限らないのです。もうひとつの東京ルートの高裁判決でも、商標の使用料(使用許諾代金)が支払われていないというライセンス契約違反があっても(使用料の支払がなされていないということは、契約上、重大な債務不履行にあたりますが)、商標権侵害品とはならない旨が述べられています。もっとも、ライセンス契約に違反すれば、ライセンス契約を解除され、結局、その後は商品に商標を付して販売することができなくなります。

第3条は、第2条を受け、ライセンサーであるAが、ライセンシーに対し、同意する細目事項を定めています。たとえば、Aは、契約地域内で契約で定めた商品について、他のいかなるライセンシーも指名しないことなどです。

第4条は、第3条とは逆に、ライセンシーの方が、ライセンサーのAに対して同意する細目事項について定めています。細目事項は(a)~(w)まであります。

同条の(e)には、商品のサンプルの随時提示権が定められています。
 To manufacture pack and present the Products hereunder in accordance with the directions and specifications from time to time given by 「A」and ensure that the Products are of a standard of quality approved by 「A」and to use only get-up labels and designs which first have been approved by 「A」and to send samples of the first production of the Products to 「A」for approval prior to offering such Products for sale and to supply at cost price such further samples as 「A」 may thereafter from time to time require.

(訳)随時「A」から与えられる指示又は仕様に従い、本契約に基づく契約品を製造、梱包及び提示し、契約品が「A」の承認する品質水準であることを保証し、「A」の承認を受けた装丁ラベル及びデザインのみを使用し、契約品の最初の生産見本を、かかる契約品の販売に先立ち、承認のため「A」に送付し、その後、「A」が随時要求することがあれば、かかる更なる見本を原価で供給する

同条の(s)には、ライセンサーの、製造、梱包及び保管場所へのの立入権が定められています。
 To permit 「A」's  representatives on giving not less than 14 days previous notice to enter any place where the Products are manufactured packaged or stored for the purpose of inspecting and examining the same in order to ensure that they attain the standards of quality specified hereunder

 (訳)14日以前の事前の通知があった場合、契約品が本契約のもとで定められる品質水準に達していることを保証するため、契約品を点検・検査する目的のため、「A」の代表者が、契約品が製造、梱包又は保管される場所に立ち入ることを許可すること

同条の(u)には、製造、仕上げ、又は梱包の下請について書面による同意の必要性が定められています。
 Not to make any arangements for sub-contracting the manufacture finishing or packing of the Products without the prior written consent of 「A」such consent not to be unreasonably withheld provided the Licensee gives 「A」full information concerning all relevant facts or matters concerning the sub-contractor and obtains from such sub-contractor an undertaking to「A」to afford to 「A」 the same facilities for checking by 「A」's representatives that the sub-contractor will observe and perform the specifications and standards of quality as are specified hereunder and will keep all information relating thereto confidential

 (訳)「A」の事前の書面での同意なしに、契約品の製造、仕上げ、又は梱包の下請けにつき、いかなる取り決めも行わないこと。「A」の同意は、ライセンシーが「A」に対して下請業者に関するすべての関連事実又は事項に関して完全な情報を与えるとともに、下請業者が本契約の下で規定される仕様・品質基準を遵守・履行し、それらに関連するすべての情報を秘密に保持することについて、「A」の代理人がチェックするために、「A」に対して同じ便宜を与えることを承諾することの約束を下請業者から取り付ける限り、不合理に留保されることはない

第9条は、いわゆる完全合意条項です。
 This Agreement embodies the entire understanding of the parties in relation to the manufacture and sale of the Products and all conditions warranties and representations not set forth herein whether express or implied statutory or otherwise in relation to the relationship hereby created or the Products are hereby excluded and the Licensee shall indemnify and keep 「A」indemnified from and against all costs claims and expenses arising out of any claim relating to the Products their quality or fitness for purpose.

 (訳)本契約は契約品の製造及び販売に関する両当事者間の完全なる了解を具現化したものであり、明示的であるか暗示的であるか、又は制定法上であるか否かにかかわらず、本契約により生み出された関係若しくは契約品に関して、本契約中に定められていないすべての条件、保証、及び表示は、本契約により除外され、ライセンシーは、契約品、その品質又は目的への適合性に関するクレームから生じるすべての費用、クレーム及び経費につき、「A」に補償し、補償し続けるものとする。

重要視する契約条項の相違

かようなライセンス契約書に各条項のうち、いわゆる東京ルートと大阪ルートとでは、重要視する契約条項が異なっているようです。

まず、もちろん、第2条は重要な条項です。商標の使用許諾条項であるからです。第2条は、製造、販売及び頒布について、その地域(国)を限定する条項ですので、仮に、限定された地域に違反して製造、販売及び頒布した場合、有効な使用許諾に基づくものかが、直截に問題になります。この第2条は、いずれのルートでも重視されています。 

第4条の(u)は、大阪ルートで重視されています。
第4条の(u)は、ライセンス契約上の使用許諾を前提とした契約当事者間の取り決めのひとつです。その意味で、第2条の定める有効な使用許諾の存在を前提とするものです。
その文言によれば、下請業者などに製造等を依頼するときは事前に書面による同意を得る必要であり、一定の条件に従う限り当該同意が不合理に留保されることはない、と定められています。
したがって、第4条の(u)そのものは、具体的に製造者を誰にするか(例えば○○会社ないし○○工場など)を指定する条項ではありません。

そこで、大阪地裁は、この第4条の(u)と、第9条の条項を組み合わせて解釈します。おそらく、第9条が「本契約中に定められていないすべての条件、保証及び表示は、本契約により除外され」るとされているため、製造者についての具体的な指定がないということは、製造者はライセンシー自身のみに限定されると解釈したものと思われます。

こうして、大阪地裁は、第4条の(u)と第9条とを組み合わせて、製造者がライセンシーに限定されていると解釈したといえます(7)。

他方、東京地裁の方は、第9条の完全合意(entire agreement)条項を、先例である東京地裁平成7年12月13日(判例タイムズ938号160頁)に沿って、証拠(制限)契約と解釈したものと思われます。実際、同訴訟手続には、当該判例が参考文献として提出されています。

英米法においては、当事者が契約について書面を作成した場合には、契約締結当時の当事者の意思が何であったかを決定するのに、口頭証拠によってその内容を追加し、これを変更し、又は否認することは許されないという法則(Parol evidence rule)が採用されており、契約締結に至るまでの当事者のやりとりが、契約書において完結していることを示すために、当該契約書の中に完全合意条項が定められることがあります。

これは、当該契約の解釈に際して用いることができる証拠を当該契約書に限定する旨の契約(証拠制限契約)と解されます。つまり、契約の締結前のメモランダムとか、あるいは議事録などを証拠として提出して、当該契約の内容を解釈してはならないという意味で、専ら、契約締結までの証拠方法(証拠として利用できるもの)を当該契約書に限定する意味を有するものといえます。
逆にいえば、証拠制限契約の当事者でない第三者や、契約当事者であっても契約締結後の合意などに関しては証拠として提出することができます。

そうだとすると、第9条は、当該契約の内容については、当該契約書に記載されていることのみを証拠として利用できる(この契約書のみが証拠である)ことを定めているにすぎず、この契約書には、具体的に製造者を指定している記載がないのですから、本件では、特に、製造者の指定はなされてはいなかったものと解釈するのが、ごく自然といえるでしょう。
なお、本件の訴訟当事者(原告と被告)に限っていえば、本件訴訟当事者は、当該ライセンス契約を締結した者ではありませんので、このような証拠制限契約には拘束されないことになります。

このように、製造者を具体的に指定する条項がなく、第4条の(u)には、製造等(製造・仕上げ・梱包)について下請業者と契約する際、ライセンサーが、それをチェックできるような約束を同業者から取り付けるなど、いくつかの条件を付けたうえ、同意をする旨の定めがなされていますので、むしろ、下請業者の選定をライセンシーに委ねたうえ、ただ、実際に、下請け業者等と契約をするときには、一定の条件を守るように要求してあったものと解釈できます。

加えて、東京ルートでは、ライセンス契約の違反を防止可能な第4条(e)の「ライセンサーによる商品サンプル(生産見本)の提示の要求権」及び同(s)の「ライセンサーによる製造、梱包及び保管場所への立入権」を重視しています。

つまり、東京ルートでは、サンプル提示要求権や工場等への立入権があるにもかかわらず、何ら、かような権利を行使していなかったと推認されるライセンサーの責任を重く見たののです。仮に、ライセンサーが、これらの権利を行使すれば、工場での製造過程を確認すること(どの工場で製造されているか、どの国にある工場で製造されているかなど)は容易であったからです。

他方、大阪ルートでは、第4条の(e)、及び同(s)については触れられていません。大阪ルートを受けた最高裁判決も同様です。

その意味では、東京ルートは完全合意条項を訴訟契約(証拠制限契約)として理解し、他方、大阪ルート(と最高裁判決)はこれを実体的な意味を有する契約条項として理解し、両者のそのような理解の差を背景に、ライセンス契約のどの条項を重視するかによって、結論を異にするに至ったといえます。

例えば、製造国だけでなく製造者も限定されている契約であったとすれば、品質に対する配慮ないし管理の度合いが強く認められる方向に働くでしょう。
逆に、製造国のみが限定されているにすぎない契約であったとすれば、必ずしも国家という単位で品質の優劣がつくとはいえないので(例えば、中国製の商品が、マレーシア製のそれ比較して、常に、品質が劣後するものとはいえない)、品質に対する配慮ないし管理の度合いが弱められる方向に働くでしょう。
更に、ライセンサーが生産見本品の提出要求権や工場立入権を行使していれば、たやすく製造地域違反の行為を阻止できたでしょう(本件では製造工場は中国工場のみであり、他に工場はなかったとされているのでなおさらです)。

このように、ライセンス契約の解釈は、それが、外国語(英語が多いようである)でなされていることもあって、どの文言を重視するかによって、結論を異にする解釈を導きやすいといえます。

製造者を限定する条項の例

ちなみに、一例として、製造者を具体的に限定する条項を掲げ、比較してみましょう。製造者を限定する条項には、以下のようなものがあります。

 [X]が[Y]に使用許諾し、中国(例えば「上海」)の下請け会社[Z]が製造することを認める場合、
[X] notes and agrees that , for the performance of this Agreement, [Y] shall be authorized to manufacture some of the PRODUCTS at its factory located in the PEOPLE'S REPUBLIC OF CHINA at shanghai [Z] whose address is :
として、会社名とその住所を記載して、製造者を指定するものです。
(訳)Xは、この契約の実行のため、Yが、その工場である中国の上海にあるZ(住所:    )で、本件商品を製造する権限を与えられることに言及し同意するものとする。

更に、製造地について情報提供義務を定めたり、その変更がある場合などについて定めるとすると、

Generally [Y] shall keep [X] informed in advance of any production site of the PRODUCTS. [Y] agrees to provide [X] with the address of the production site where the PRODUCTS are/will be manufactured and to inform [X] prior to any relocation of this site.
などの条項が入れられる場合があります。

(訳)一般的に、Yは、本件商品の製造地域について予め通知するものとする。 Yは、Xに、本件商品が製造され、または製造されるだろう製造地域の住所を与え、予めこの地域の移転を通知することに、同意するものとする。

このような規定は、品質に対する配慮ないし管理の度合いを強める規定といえ、工場Z以外で製造した場合、品質管理に影響するライセンス契約違反(内国商標権を侵害する契約違反)と解釈される方向性を有すると思われます。

そして、もうひとつ、地域外での下請業者の利用を認めるが、その管理責任について規定している例を掲げてみましょう。

LICENSEE shall be fully liable towards its sub-contractors, if any, and shall ensure that none of them will use the Trademark or products bearing the Trademark through other channels than LICENSEE itself. In the case where, LICENSEE decides to sub-contract the production or part of it, of the Products outside the Territory, LICENSEE will be held fully responsible of such sub-contracting policy. Especially, LICENSEE will ensure that none of the Products will be sold in or exported from the sub-contractor's country except to LICENSEE.

(訳)ライセンシーは、自己の下請業者がもし存在するとすれば、それに対して全面的に責任を負うものとし、その下請業者が本商標または本商標を付した製品をライセンシー以外の別の経路で一切使用しないように確実にする。ライセンシーが地域外で本製品の生産またはその一部を下請けに出すことに決めた場合には、ライセンシーは、その下請け発注方針について全面的に責任を負う。特に、ライセンシーは、本製品が下請け業者の国内で販売され、または下請け業者の国からライセンシー以外へ輸出されないよう確実にする。

「A」 requests to LICENSEE to pay utmost care to this matter, and recommends that the personalization of the Products such as label, print, embroidery etc., bearing or describing the Licensed Trademark will be done in the Territory, and that the final brand to be used on the Products will not be disclosed to the sub-contractors.

(訳)「A」 は、この点に関して最大限の注意を払うようライセンシーに要望し、ラベル、プリント、刺繍などを本製品に入れること、ライセンスされた商標を有させるか描写することは契約地域内で行うこと、ならびに本製品に使用される最終ブランドを下請業者に開示しないことを勧める。

これは、販売地域(国)以外での下請業者の使用を認め、下請業者に関する責任をライセンシー(被許諾者)に求め、更に、当該製品に商標を付す作業などは販売地域(国)内で行うこと、当該製品が使用される最終的なブランド名を下請業者に知らせないようにすることを勧奨(recommends)している。

これらは、販売地域(国)以外での下請製造を認め、その責任をライセンシーに求めているが、商標を付す作業等を行う地域を販売地域内とする規定等は、勧奨規定(義務とまではいえない)にとどまっている点に、解釈がわかれる可能性を指摘できます。

他の異なる点

更に、東京ルートの判決群と、大阪ルートの判決群とで異なるのは、次の点です。

東京地裁及び東京高裁判決では、それまでの判例に従って、「我が国の商標権者と輸出元国における商標権者が同一人であるか又は法律的若しくは経済的に見て一体といえる関係にあること」を並行輸入の要件としています。

他方、大阪地裁及び大阪高裁判決は、いずれも、並行輸入品の商標権侵害を否定する要件として、「海外商標権者と内国商標権者が同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同一人と同視し得るような関係」を(少なくとも明示的には)要求していません。

大阪地裁では、「Ⅰ輸入商品に付された商標が表示する出所と、商標権者の使用する商標が表示する出所が、実質的に同一であ」ること、大阪高裁では、「ア)これに付された商標が表示する出所と、商標権者の使用する商標が表示する出所が、実質的に同一であ」ることを要求している。

学説には、内国商標権者と同一の出所と認められる範囲の信用主体から拡布された商品に対しては、内国商標権者は商標権を行使し得ないという「第一類型」と、我が国においてその商標が出所として識別していると認識されている外国拡布者から拡布された商品に対しては、内国商標権者は商標権を行使し得ないという「第二類型」とに分けて考察する見解があります(田村善之:「商標法概説」)。

「第一類型」は、判例が、海外商標権者と内国商標権者と法経済的同一視性の要件を要求する類型と重なります。
他方、「第二類型」は、商標ブローカーの活動や、その防御目的の登録、代理店関係が終了した場合に生起しうる問題など、我が国に存する商標権にまつわる具体的事情を考慮に入れた類型です。すなわち、第二類型では、いわゆる「同一視できる関係にあること」という要件が不要になります。

大阪地裁及び大阪高裁の判決が、このような類型別に考察する見解に与するかどうかは不明ですが、いずれも、輸入された商品に付された商標が表示(識別)する出所は、当該ブランドグループであり、内国商標権者が使用する商標が表示(識別)する出所も、当該ブランドグループであるから、それぞれの商標が表示する出所は実質的に同一であると判断しています。すなわち、「出所」を、法人格単位でなくそれよりもっと広い企業グループ全体を出所として理解するものです。そうすると、法律的又は経済的に同一人と同視しうるような関係という要件と実質的には重なってくるとも考えられます。

大阪地裁と大阪高裁が、商品に付された商標が表示する出所と、商標権者の使用する商標が表示する出所との同一性を論じたのは、むしろ、海外商標権者と内国商標権者とが同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同一人と同視しうるような関係にあることが並行輸入の要件として求められる根拠を示したともいえるかもしれません。

では、東京地裁及び東京高裁の海外商標権者と内国商標権者の同一視関係の要件と、大阪地裁及び東京高裁の輸入された商品に付された商標が表示する出所と内国商標権者が使用する商標が表示する出所の同一性の要件とが、重ならない部分はあるのでしょうか。

内国のある会社が、世界的に著明なブランドホルダーである海外商標権者から(我が国で登録している)商標権の譲渡を受けた場合はどうでしょうか。この場合、内国会社は内国商標権者となるが、海外商標権者とは、資本関係もなく、単に、商標権の譲渡を受けたのみの関係であって、それ以上、法的経済的に同視し得るような関係はありません。消費者もその商標が世界的に著明なブランドであるため、内国商標権者と海外商標権者が全く無関係であるとは知りません。かかる場合、結論を異にすることになるのでしょうか。

また、上記の場合、単に商標権の譲渡のみではなく、我が国における営業の譲渡とともに商標権も譲り受けていた場合はどうでしょうか(8)。
更に、内国商標権者が、商号をブランド名と同一に変更し、関連会社風の「ジャパン」の名称を付記していた場合はどうでしょうか。

こうして、この同一性の要件を利用することによって、全くの別会社が、それぞれ商標権の譲渡を受けることによって、世界市場を分割することが可能になります。市場の分割というのは、各市場毎に棲み分けを可能にするものですが、ユーザーないし消費者にとって、それが有益であるといえるかどうかが問題になるところです。たとえば、例としていえば、世界的に著名な商標(ブランド)について、ヨーロッパ、北米、アジアの各地域で、全く資本的な関連性のない別個の会社が、同一の登録商標を有している場合などが考えられます。本来、全くの別会社であるものの、そのマークが世界的に著名であるため、消費者の目から見ると、世界的に統一的なブランドイメージが形成されている場合です。この場合、ヨーロッパで販売している商品をアジア地域で販売した業者がいたとするとどうなるかという問題です。

こうして、最高裁(平成15年2月27日)は、東京ルートの当該要件と大阪ルートの当該要件をいわば合体させ、「海外商標権者と内国商標権者とが同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同一人と同視しうるような関係があることにより、当該商標が我が国の登録商標と同一の出所を表示するものであ」ることを要件として掲げています。いずれにせよ、限界的な事例では微妙な解釈になるでしょう。「経済的に同一人と同視しうる関係」に商標権譲渡の当事者関係ないし営業譲渡とともになされた商標権譲渡の当事者関係が含まれるかどうかははっきりしません(9)。

品質保証機能

また、上記最高裁判決の述べた並行輸入の要件のうち、品質保証機能については、従来の要件との間の差異が認められるようです。品質管理の可能性について触れているからです。

商標権と並行輸入が問題になる事案において、しばしば参考文献として掲げられるものに、中山信弘編著「知的財産権Ⅰ」(東京布井出版)があります。その63頁の「5並行輸入と商標」は、いわゆるラコステ事件(東京地裁昭和59年12月7日判決、判時1141号143頁)について、次のような分析を行っています(担当者野間昭男)。
この分析は、並行輸入についての「品質の同一性」の要件について、次のように述べています。

「『商品の品質、形態の差異は、世界的に著明な原告ラコステを出所源として表示する商品として、その許容された範囲内での差異というべきものであり、このことによって商標の品質保証機能が損なわれることはない』として、本件における両商品の品質の差は並行輸入を違法とする事由にあたらないとした。判旨を字義どおり解釈すれば、米国と日本においてそれぞれのライセンシーに品質、形態の差異がある商品の製造を許容しているから、かかる品質、形態の差異は許容範囲内の差異であり、商標の品質保証機能を害さないと読めるが、そうだとすると、仮に、並行輸入品と国内で製造されている商品にいかに重大な差があっても、それぞれの国のライセンス契約によって品質管理されている以上許容されるということになってしまう。これは商標機能論に従うかぎり不当であろう。なぜならば、並行輸入の品質が国内で流通している商品の品質と重大な差がある場合には、品質に重大な差がある並行輸入品の国内への流入によって、国内の商標権が現に果たしている品質保証機能は損なわれると考えられるからである。ライセンス契約によって品質が管理されているかどうかとは別の問題である。裁判所も品質保証機能を商標の重要な機能として認めていること、『許容された範囲内』での差異という表現を用いていることからすれば、並行輸入品の品質が国内で流通している商品の品質と著しく異なるような場合まで並行輸入の適法性を認めないのではないかという推測も可能である。」

すなわち、この分析によれば、品質の差異の問題は、ライセンス契約によって品質が管理されているかどうかとは別の問題であるとされています。

他方、最高裁判決(平成15年2月27日)は、「c)我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行いうる立場にあることから、当該商品と我が国の商標権者が登録商標に付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないと評価される場合」には、内国商標権の品質保証機能を害しているとはいえない趣旨を述べています。
つまり、最高裁判決の立場は、商標の品質保証機能に関する要件について、我が国の商標権者が直接・間接に品質管理を行いうる立場にあることを、品質の差異の評価基準に採り入れています。

したがって、上記の分析と最高裁の品質保証機能の要件部分を比較してみると、上記分析の危惧が的を射ているようにも見えます。上記の分析は、品質の差異の問題は、ライセンス契約によって品質が管理されているかどうかとは別問題であると指摘しているところ、上記最高裁判決は、品質管理を行いうる立場にあることを品質の実質的差異を評価する要素として採り入れているようにも見えるからです。

更に、商標権と並行輸入が問題になる事案において、しばしば参考文献として掲げられるものに、桑田三郎著:「国際商標法の諸問題」が掲げられる。その293頁には以下のような記述があります。

「最後に、内外の商品間における『品質上の相違』の問題である。いわゆる『製品の国際的差別化』は、より強力な『標章の差別化』とともに、並行輸入阻止のための手段ともなる。そのため、それは近時においては、むしろ並行輸入問題の中心的課題ともいえよう。その点で、『このことは(注:並行輸入の阻止否定)、輸入された商品が、内国における標章所有者の商品に比べて品質上の相違を示している場合においても、原則として同様である。』とするのがCinzano判決である。はたして結論は、『出所表示機能』のみをもって商標の唯一の本質的な機能と考えるか(単一機能説)、それとも、『品質保証機能』をもそれに含ましめるか(二重機能説)によって異なるものか。ただ、『このような事情のもとにおいて品質保証機能を援用することは、内容的には、商標権を手段として各国市場を遮断することを要求するにほかならない』ことだけは確かである。」

若干、難解ですが、私の誤解がなければ、商標権者が、当該商標を付した商品の品質を、テリトリー(例えば、国)毎に、相違が生じるようコントロールすることによって、商標権を手段として各国市場を遮断しようとすること(国境を利用してテリトリーを分け、各テリトリー毎にライセンス料を獲得する)を容認してもよいのかどうか、という問題点を指摘しているものと思われます。

仮に、そうだとすると、最高裁の上記c)の要件は、このような品質に差異を設けて市場を分割することを抑制する方向に働くひとつの処方箋と見ることもできるでしょう。たとえ、品質に差異があったとしても、我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行いうる立場にあるという差異にとどまるので、品質保証機能を害するものではないと述べることも可能だからです。

                                      以 上

注(1)〜(9)

1)学説上、商標は、出所表示機能、品質保証機能、宣伝広告機能の三つの機能を有すると解する説(豊崎光衛「工業所有権法」、小野昌延「商標法概説」)のほか、更なる機能を追加する説などもあります。
 他方、逆に、商標法が保護しているのは出所表示機能に限定される解する説もあります(田村善之「商標法概説」)。
 商標の機能としてどのような内容を盛り込むかにより、商標権を侵害すると解釈される範囲をコントロールすることができます。商標の機能を拡張すれば、商標権を利用して商品等の流通をコントロールすることがより可能となる関係にあります。たとえば、商標権の機能として、出所表示機能(function of indicating origin and ownership)、品質保証機能(guarantee function)のほか、たとえば、ブランドイメージ保護機能を含むとすれば、出所表示機能や品質保証機能が害されていないとしても、ブランドイメージを悪くする場合(安価品的販売がされる場合など)、商標権侵害品であるといえることになります。更に、商標の機能として、顧客(ユーザー)とのコミュニケーション保護機能を含むとすれば、メーカーとユーザーとのコミュニケーションを害するものと認められる場合は商標権侵害といえることになります。このように、商標の機能に多くのものを取り入れることにすれば、そのぶん、商品の流通を支配する力が強くなるという関係になります。

2)大阪地裁昭和45年2月27日判決(パーカー事件)、東京地裁昭和59年12月7日(ラコステ事件)など

3)フレッドペリーのポロシャツに関する事件は、東京地裁、東京高裁、大阪地裁、大阪高裁、及び最高裁と、各判決で示された並行輸入の要件のに各々ニュアンスがあり、かつ、結論も異にしています。

4)この大阪地裁の要件の立て方は、東京地裁の②の「海外商標権者と内国商標権者との同一性ないし法律的経済的にみて同一と見られる」という要件は不要とされているようにもみえます。これは、示唆に富んだ解釈論ですが、見方をかえれば、東京地裁の②の要件が、大阪地裁のⅠ)の要件をもって代替されているとみることもできます。

5)この大阪高裁の解釈は、商標法が、商標の出所表示機能と品質保証機能を保護するとの大前提から出発して、更に、品質の管理機能という概念を導き(品質保証機能ではない)、この品質管理機能が害されているときは、適法に商標が付されたとはいえないとして、商標権侵害としての実質的違法性を認めるという法律構成をとっています。

6)なお、最高裁は、「本件許諾条項」として複数の条項(1条、2条及び4条)をひとつにまとめ、一括して、本件許諾条項と定義しています。

7)大阪地裁は、「(本件ライセンシーは、)製造者に関して、原則として自ら製造したスポーツウェア及びレジャーウェア製品に、契約商標を付すことの許諾を受けていたにすぎず(本件ライセンス契約四条U、九条)、」と述べている。

8)ちなみに以前、商標法は、営業とともにする場合に限り商標権を移転することができると定められていました。商標と営業を分離して移転してしまうと需要者に出所の混同を生じさせるおそれがあるとされていたからです。

9)この「経済的に同一人と同視しうる関係」については、不正競争防止法上の混同の解釈(いわゆる広義の混同)と表現が似ているところがあります。
 教科書的には、出所の混同とは、出所が同一と思わしめる混同(狭義の混同)と両者に何らかの関係が存するのではないかと思わしめる混同(広義の混同)があるとされています(小野昌延著:不正競争防止法概説)。
 不正競争防止法2条1項1号の「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」について、「いわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為を包含する」(最高裁昭和58年10月7日判決「マンパワー事件」)、「自己と右他人との 間に同一の商品化事業を営むグループに属する関係があると誤信させる行為を包含」する(最高裁昭和59年5月29日判決「プロフットボール・シンボルマーク事件」)と解釈されています。
 更に、比較的最近の最高裁判決も、いわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させるいわゆる広義の混同を生じさせる行為をも包含する旨述べています(最高裁平成10年9月10日判決「スナック・シャネル事件」)。
 不正競争防止法が保護する混同の範囲の表現と、並行輸入の適法要件の表現とが似てくることには、何らかの意味があるのでしょうか。いずれにせよ、不正競争防止法が保護する公正な自由競争と、並行輸入が促進する同一ブランド間での競争に関する価値判断が表れる場面です。

 

 

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