株主権の縮減
弁護士 永 島 賢 也
初稿2001/12/6
株式交換
平成13年12月25日の日本経済新聞の1面トップ記事によると、松下電器産業社は、松下寿電子工業社等5社を株式交換によって完全子会社する方向で最終的な調整段階に入ったとのことです。
株式を交換するのか
この記事にも現れている「株式交換」という表現は、普通に読めば、「株式」を「交換」(民法586条)して取引することのようですが、商法上の「株式交換」(商法352条)は、これとは全く別の意味をもっています。すなわち、「株式交換」とは、「ある株式会社が、他の株式会社の発行済株式のすべてを保有される会社となる取引」のことです。平俗的な言い方をすれば、「完全な親子会社となる取引」のことです。持ち株会社の設立を容易に行えるようにするため、平成11年の改正で定められた制度です。
したがって、「株式交換」すれば、ある株式会社と他の株式会社との間に完全親子会社関係が成立することになります。株主側の視点からみると、「株式交換」が行われれば、ある会社の株主であった方はその完全親会社の株主になることになります。
株主権の縮減
つまり、「株式交換」以前に株主であった従来の会社との関係が、親会社を介した間接的な関係になり、いわば直接的な関係から間接的な関係へ一歩後退する形となります。
このことを、学問的に、「株主権の縮減」と呼ぶことがあるそうです(神田秀樹著「会社法」)。
具体的な手続
具体的な手続をおってみますと、親子関係になる各会社が「株式交換契約書」を作成して契約を締結し、各会社の株主総会で特別決議を得て、株式交換の日に「株式交換」の効力が生じます。まさに、その日から従来の会社の株主は親会社の株主となります。
もっとも、親会社の株主に与える影響が小さいとされる一定の場合には、親会社の株主総会決議は不要とされます(発行済み株式総数の5%以下で交付金が純資産額の2%を超えない場合)(商法358条)。
株主代表訴訟
ところで、株主は、一定の要件を充たせば、その会社の取締役の責任を追及する訴訟を提起することができます。株主代表訴訟と呼ばれています(商法267条)。
この訴訟は株主であることが訴訟要件です。そうだとすると、株主代表訴訟が係属している途中で、当該会社が株式交換を行うと、従来の株主は当該会社の親会社の株主になるので、当該会社の株主としての資格を失ってしまい、代表訴訟は却下されてしまう、というのが理論通りの結論といえます。
いわば、株主権の縮減により、訴訟追行権が完全に奪われてしまうという論法といえます。
もっとも、株主であることは、訴えによって求めた請求について本案判決を求めることができる訴訟上の地位(当事者適格)がある、ということですから、株式交換によって親会社の株主となったとしても、株主権が縮減したにとどまり、完全に当事者適格を失わせてしまうところまで至るのものかどうか、解釈論としても工夫の余地があるテーマだと思います。
この論点は、親会社の株主によって、完全子会社のために、完全子会社の取締役の責任追及の途を認めるべきかどうかという一般的な問題にも発展します。
完全子会社がその取締役から損害を賠償してもらうことができれば、間接的にですが、親会社としても有利なことといえます。
いずれにしても、会社法と民事訴訟法双方が問題になる領域だと思います。
* この論考は、平成13年当時のものです。
会社法の制定
その後、会社法が制定され、株主でなくなった者の訴訟追行を認める旨の規定が設けられました。同法851条です。問題は、この規定が、決議取消などの訴訟類型に類推適用されるかどうかになります。
なお、会社法の施行は平成18年5月1日です。
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