選挙無効訴訟の現在 ー実務家の観点からー
弁護士 永 島 賢 也
2023/3/30
2023年3月20日、弁護士を対象とした選挙無効訴訟の現在について研修会が開かれました。以下は、当職が講師としてお話させていただいた内容(概要)となります。時間の関係でお話できなかった内容も補充しております。
公職選挙法204条について
いわゆる「一票の格差」の訴訟は、投票価値の平等を求め、公職選挙法204条に基づいて提起される。同条は、衆議院議員または参議院議員の選挙の効力に関する訴訟について定めている。選挙人(や公職の候補者)は、同条の定めに沿って各都道府県の選挙管理委員会か中央選挙管理委員会を被告として、当該選挙の日から30日以内に高等裁判所(専属管轄/同法217条)に訴訟を提起することができる。判決は努力義務として提訴から百日以内になされる(同法213条)。
この訴訟は民衆訴訟に属する(行政事件訴訟法5条、42条)。民衆訴訟は、国または公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟であり、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起される。機関訴訟と同じく客観訴訟にあたる。主観訴訟(抗告訴訟や当事者訴訟)とは異なり、法律上の争訟(裁判所法3条1項)には当たらないため、具体的にどのような訴訟類型を置くかは立法政策の問題と説明される。
かつて、越山康氏(1) が投票価値の不均衡(島根県選挙区と東京都選挙区とで4.088倍の不平等)があるとして公職選挙法204条に基づき東京高裁に訴訟を提起したところ、これは民衆訴訟であり、法律に特別の規定がある場合に限り許され、投票価値の不均衡という原告の主張は選挙の管理執行の手続に関する規定に違反する(同法205条)という趣旨のものではないため不適法却下すべきという反論がなされたことがある(東高判昭和38年1月30日民集18巻2号304頁)。もっとも、同法205条は請求の適法要件を定めるものではないため、本案判決がなされており、その結論は、議員定数の不均衡はあるものの、いまだ憲法14条違反とはいえないというものであった(2) 。
そして、現在も、投票価値の不均衡を争う訴訟は同法204条に基づいて提起されている。特に定数不均衡の是正を求める手続は定められていない。ちなみに、米国(3) では選挙の差止請求が一般的である(4) 。我が国では選挙の差止めは不適法とされている(東地判平成29年10月6日、東高判平成29年10月17日)。仮処分の申請も却下されている(東地決平成26年11月21日、東高決平成26年11月28日)。
公職選挙法の別表について
一票の較差は、選挙区が設定されている選挙において生じる。比例代表制か多数制かに関わらない。他方、全国一区の比例代表選挙では生じない。衆議院は全国を11のブロックに分けているので比例選挙でも一票の較差が問題になる。公職選挙法は、選挙の単位について定め(同法12条)、衆議院議員(小選挙区選出)の選挙区は別表第一で(同法13条1項)、同(比例代表選出)議員は別表第二で(同法13条2項)、参議院(選挙区選出)議員は別表第三で定められている(同法14条)。たとえば、別表第一では、東京都の第一区は千代田区と新宿区、第二区は中央区と台東区、のように定められている。
たとえば、これを、令和3(2021)年10月31日実施の衆議院選挙を例(5) に説明すると次のとおりである。衆議院議員の定数は465人であり、そのうち289人が小選挙区選出議員、176人が比例代表選出議員とされ、小選挙区選挙については、全国に289の選挙区を設け、各選挙区において1人を選出するものとされている。
たとえば、令和2(2020)年大規模国勢調査(統計法5条2項)の結果(確定値)では、鳥取県第2区の人口は27万3973人、東京都第22区のそれは57万4264人であった。各選挙区から1人を選出することになるので、前者は27万3973人で1人、後者は57万4264人で1人の議員を選出することになる。したがって、鳥取第2区の一票は東京都第22区のそれの2.096060…倍の価値があるという計算になる(574264÷273973=2.096060…)。というのは、衆議院で議決がなされる場合、東京都第22区選出の議員の一票も鳥取第2区の一票も、どちらも同じ一票(同価値のもの)としてカウントされるからである。衆議院の議決結果に対し鳥取第2区は東京都第22区の半数で同じ影響力がある、というのはアンフェアであろう。住んでいる場所によって投票価値が異なってくることになるからである。
また、同様の計算を(人口ではなく)選挙当日の有権者数(選挙人数)を基準としてすることもできる。その場合、鳥取第1区(23万0959人)と東京都第13区(48万0247人)との間で2.079の較差が認められ、較差が2倍以上(有権者数が46万1918人)となった選挙区は全部で29あった。
選挙区の改定について
一度、選挙区を定めたとしても、その後の人口異同により選挙区間の投票価値の較差が拡大し得るので、選挙区は、随時、改定されていかなければならない。衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関しては、内閣府に衆議院議員選挙区画定審議会が設置され、必要に応じて、改定案を作成して内閣総理代理人に勧告することになっている(衆議院議員選挙区画定審議会設置法、平成6年法律第3号、以下「区画審法」という)。勧告は国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行い、同勧告を受けたときは、内閣総理大臣はこれを国会に報告することになっている。同審議会(区画審)には独立性と第三者性が求められる。区画審は国会議員以外の7人の委員で組織され、任期は5年である。その任命は両議院の同意を得て内閣総理大臣がする。罷免事由は心身の故障かまたは非行に限定されている。同審議会は、行政機関や地方公共団体の長に対し資料の提出等必要な協力を求めることができる。
上述の勧告による改定案の作成には基準が設定されている。各選挙区の人口のうち、最大のものを最小のもので除して得た数が2以上(較差2倍以上)にならないようにして、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的になされる。各選挙区の人口は10年ごとに行われる国勢調査を基礎にしている(統計法5条2項)。その間、5年目に行われる簡易な方法による調査(同項但書)で較差2倍以上になったときは1年以内に勧告をすることになっているが、その改定案の作成にあたっては、各都道府県に配分された定数を見直す必要はない(区画審法3条3項)。いわば、較差が2倍以上にならないよう10年ごとに定数配分が見直され、5年ごとに区割りが見直される、というような建付けになっている。
ちなみに、上述の例で掲げた衆議院選挙(令和3(2021)年10月31日実施)は、衆議院議員選挙区画定審議会設置法及び公職選挙法の一部を改正する法律(平成28年法律第49号)及び同法の一部を改正する法律(平成29年法律第58号)により改正された公職選挙法13条1項及び別表第1に従って施行されたものであった。
選挙区の画定の仕方について
選挙区の画定は、まず、都道府県へ定数が配分され、それから各選挙区の区割りがなされるという二段階に分けて進められる(二段階方式と呼ばれることがある)。いわば「定数配分→選挙区割り」と進み、遡ることはない(6) 。たとえば、まず、各都道府県の区域内の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の数が、北海道12、青森4などと決められる。その合計数は、同議員数(上述の例では289人)と一致する。つまり、まず、議員数(289)が47の都道府県に分配される。次に、各都道府県に分配された数に応じて、たとえば、東京都の配分数は25とされたので都内の選挙区を25個に区分けし(小選挙区)、東京都第一区は千代田区と新宿区というように区割りがなされて行くことになる。こうして、決められた各選挙区のうち、全国的に、その人口の最も少ないものと最も多いものを抽出して比較し、概数で1対2.07とか、1対3.03などと表現される。これが、いわゆる較差論の基礎となる。
較差論について
較差(こうさ)の意味は、国語の辞書的には較差(かくさ)と同じであり、最大と最小との差を意味する。較差(かくさ)は較差(こうさ)の慣用読みである。法律論としては較差(こうさ)論と発音することが多い。
このように較差論が最大と最小の比較を含意しているため、その(最大と最小の)中間領域がどのようになっているかという問題が視野から外れやすい。ここに較差論の盲点がある。たとえば、最小人口数の選挙区の1.9倍の人口を有する選挙区が多数生じていても(極端な場合、ひとつの選挙区を除いて、すべての選挙区がその1.9倍の人口を有していても)、較差は2倍未満におさまっていることになり、較差論は、その偏りに気づかせてくれない。中間領域の選挙区の人口差を捨象して最大付近と最小付近の選挙区を調整すること(たとえば〇増〇減など)で帳尻を合わせることが可能になってくる。
また、較差論は、全国的に区割りが画定した後に、その最大と最小を比較するという基準(考え方)なので、その前段階にある分配の過程、すなわち、議員数(例えば289人)に合わせた選挙区の数を47の都道府県にどのように分配するかという過程において、その分配の基準を提供することができない。較差論は、全国の区割りが画定した後、後方視的に振り返って眺めるという視点を有する。いわば検算的なものである。これから配分を始めるときその作業過程に具体的な基準を与えることができない。
立法機関に広汎な裁量の余地を認めたうえ、司法が上述のような検算の役割に徹するとすれば、選挙のたびに投票価値の平等性をチェックするという選挙無効訴訟が繰り返されることになる。
最大剰余法について
投票価値が平等であるべきという規範は、各都道府県に対して議員の定数が分配されるとき、その分配はその都道府県の人口に比例してなされるべき、という意味を含んでいる。具体的にはどのように分配されるのか、令和2年の国勢調査結果を使って、試算してみると、次のとおりである(別紙1)。
まず、総務省統計局の令和2年国勢調査の都道府県・市町村別の主な結果を見てみよう(7) 。これによると、当時の総人口数は1億2614万6099人であるから、これを議員数(289)で割ると、43万6492人となる。つまり、43万6492人の国民から1人の割合で議員が選出される計算となる。この議員1人当たりの人口のことを基準人数と呼ぼう。たとえば、東京の人口は1404万7594人であるから、これを基準人数で割る(14047594÷436492)と32.18293…となるので、東京都に配分すべき議員定数は少なくとも32(整数部分)という計算になる。他の道府県にも同じ計算をしたうえ、その整数部分を取り出し、それらを合計してみると268となる。289には21足りないことになる。この残り21については小数点以下の大きい都道府県から順番に1を配分し、合計数が289に達したところ(21番目)で配分を終了させる。これを最大剰余法という。端数となる剰余分が最大のところから1を配分する趣旨である。こうして各都道府県への配分が決まり、配分された数にしたがって選挙区割りをすることになる。
ちなみに、戦後初の総選挙の定数配分では、上述の基準人数をもとに(最大剰余法でなく)四捨五入による端数処理が行われている。昭和20年8月15日のポツダム宣言の受諾に伴い同年12月18日に衆議院が解散され、翌21年4月10日に選挙が実施されたときのものである。審議経過の記録によると、堀切内務大臣は「議員総数466人を以ちまして選挙法施行地域の全人口7249万1277人を除しまして、仍て得たる15万5560人に付き議員1人を配当することと致し、端数は四捨五入の方法に依ることと致したのであります。其の結果議員総数が468人となりまして、議員の総数が2人現在より増加する結果に相成ったのでありますが、是は全く四捨五入の結果であります。」と述べている(前田多門「選挙法の沿革・昭和34年11月」。ただ、これでは基準人数を算出するときに使用した議員総数(466)と、これから選挙によって選出する議員総数(468)とが一致しないことになる。端数を切り上げる方法でも同様である。
1人別枠方式について
定数配分について、以前、最高裁判所が、投票価値の平等の要求に反する状態に至っていた、と判断した方式がある。「1人別枠方式」というものである(最大判平成23年3月23日/平成21年8月30日実施の衆議院議員選挙)。同選挙の当時、衆議院議員選挙区画定審議会設置法では、選挙区の改定案を作成するにあたって、各都道府県の区域内の選挙区の数は、各都道府県にあらかじめ1を配当したうえで、これに小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とする、とされていた。上述の例で説明すれば、まず、47の都道府県にそれぞれ1議席分の定数を配分したうえ、残りである(議員定数(289)から都道府県の数(47)を差し引いた)242については、各都道府県の人口に比例して定数を配分するという方式である。
この1人別枠方式が採用された理由として、人口の少ない県に居住する国民の意思をも十分に国政に反映させるためと選管から説明されたこともあるが、最高裁判所はこれを一蹴している。すなわち、「いずれの地域の選挙区から選出されたかを問わず、全国民を代表して国政に関与することが要請されているのであり、相対的に人口の少ない地域に対する配慮はそのような活動の中で全国的な視野から法律の制定等に当たって考慮されるべき事柄であって、地域性に係る問題のために、殊更にある地域(都道府県)の選挙人と他の地域(都道府県)の選挙人との間に投票価値の不平等を生じさせるだけの合理性があるとは言い難い」(前掲判決)とされている。また、人口の少ない地域における定数の急激な減少への配慮(激変緩和措置)という理由付けに対しては、おのずからその合理性に時間的な限界があり、本件選挙時にはその合理性は失われていたと判断されている。このように、現在は「1人別枠方式」による定数配分は憲法上許されないものと解釈されている。
アダムズ方式について
現在の衆議院議員選挙区画定審議会設置法は、いわゆるアダムズ方式と呼ばれるものを採用している。すなわち、各都道府県の区域内の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の数は、各都道府県の人口を小選挙区基準除数(その除数で各都道府県の人口を除して得た数〔1未満の端数が生じたときは、これを1に切り上げるものとする〕の合計数が公職選挙法4条1項に規定する衆議院小選挙区選出議員の定数に相当する数と合致することとなる除数をいう。)で除して得た数(1未満の端数が生じたときは、これを1に切り上げるものとする。)とする。
上述の例で説明すれば、まず、基準除数Xを求めることからはじめる。このXとは、各都道府県の人口をXで割った数(小数点以下切り上げ)の合計数が289に相当することになる数のことである。Xは一義的に決まるものではなく、ある程度の幅がある。上述の例で言えば、Xが47万2109~47万4964までの間の値であれば289になる。本稿では基準除数(X)を47万3000として計算する(別紙2)。
比較
以上の配分結果を、基準人数(43万6492)による最大剰余法と、基準除数(47万3000)によるアダムズ方式とで比較してみる(別紙3)。すると、アダムズ方式は、人口の少ない県に配分される定数を低くしにくくし、人口の多い都道府県に配分される定数を高くしにくくする、という特徴が表れる。すなわち、アダムズ方式は最大剰余法よりも人口差による都道府県間の定数配分の差を抑制するのである(別紙4)。これは基準除数が基準人数よりも大きく設定されるからである。基準除数が基準人数より大きいので人口の多い都道府県の定数が少なくカウントされ、他方、基準除数で除した場合にちょうど割り切れる(小数点以下の端数が生じない)という都道府県は生じにくいので、人口の少ない県も端数処理において確実に定数1のプラスを予測できることになる。そういう意味で、アダムズ方式は、発生した端数につきいわば定性的な処理していることになり、基準除数を用いた1人別枠方式と言い得る。全都道府県に予め定数1を配分したうえ、残り(289-47=242)の定数につき、各都道府県の人口を基準除数で除して整数部分を配分する結果になるからである。このようにアダムズ方式では基準人数(議員1人当たりの人口)は用いられていない。結果として1人別枠方式の復活という面もある。
他方、最大剰余法に対してはアラバマ・パラドックスが生じるという批判がなされる。これは、米国で総定数を増やしたところ、逆にアラバマ州の定数は減ってしまった、という事態のことを指している。しかし、これは直観的な(全体が増えているので個別に減ることはないだろうという)予想に反するというだけで論理的な矛盾が生じているものではない。それゆえ、パラドックスという用語の使い方による批判であって、論理的な批判にはなっていない。これは、いわゆるアキレスと亀のパラドックスの類にも、自己言及のパラドクスの類にもあたらない。
現在の選挙無効訴訟での主張
現在の選挙無効訴訟における原告の主張は、必ずしも憲法14条1項(平等)違反を中心に展開されるものではなくなって来ている。憲法前文第1段(国民主権)、43条1項(全国民の代表)56条2項(出席議員の過半数)等を根拠として、代議制民主主義のもとでは衆議院議員はそれぞれが同数の人口によって選出される必要がある、などと主張される。これは、国家統治(国家ガバナンス)という観点から、一人一票の価値が同一であって、人口比例選挙という視点で我が国の選挙制度を捉え直そうとする考え方である。
平等原則に適合しているかどうかは、まず、①別異取り扱いがあるかどうか、次に、②ある場合にそれが正当化されるか、という順序で審査されるため、まず誰と誰との別異取り扱いがあるかを主張せざるを得ないことになる。たとえば、島根県第2区と東京都第22区とで投票価値に不平等がある、などである。選挙無効訴訟は客観訴訟(民衆訴訟)であり自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起されるため、原告の住所地の選挙区にこだわる必要はない。最も格差の大きい選挙区をピックアップして比較し、その別異取扱いを指摘することもできる。この法的な主張構造が、最大と最小を比較するという較差論を導き、その中間領域にある各選挙における人口比例原則への適合性審査を空洞化させてしまったのではないか、という反省がある。どの選挙区をとり上げても他の選挙区と投票価値が平等になっている、ということが、本来、目指すべき目標なのである。このような考え方を背景としつつ、14条違反という人権論的主張から統治論的な主張へと主軸が移されて来ているのである。
人権論と統治論
現在の段階では、完全に統治論に軸足を移す(14条違反という人権規定違反に触れない)のではなく、人権論と統治論の両方から主張を展開するほうが穏当なように思われる。投票価値の平等が人権として保障され、裁判上「憲法上、議員1人あたりの選挙人数ないし人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準として求められている(最大判令和5年1月25日)」と解釈されることは重要なことだからである。この最高裁の判決理由(に記述された文の意味)は議員定数の配分や選挙区割りにおいて人口比例原則を採用すべきであると述べているに等しい。
他方、現在の最高裁判決では、国会に対し広く立法裁量を認め、その裁量権の限界を超えて是認できないという場合にはじめて違憲となる、という解釈をしているため、裁量の限界を画する基準が曖昧になっている。そこで、この問題点につき、裁量の範囲・限界に明確な解釈基準を導入すべく、国家統治(ガバナンス)という観点から箍を締める(規律を引き締め直す)ことが意図されている。というのは、統治構造を定める憲法の条文は、人権規定(権利章典)と比較して、通常の法律の条文解釈に親和的な準則(rule)という形式に近い定め方がなされており(8) 、明確な基準の定立(及び事実への適用)に適合的であるからである。
こうして、平等原則という原理(principle/14条)からも、統治構造を規律する準則(rule/56条2項)からも(9) 、両方からアプローチ(挟み撃ち)することによって、定数の人口比例配分という明確な基準の定立とその遵守を求めて行くのが現段階では相当なのではないかと私は考えている。
数値化の試み
人口比例配分の遵守度を測るため、定数配分につき、何らかの計算式を用いて数値化するのが合理的である。人口に比例した配分からどの程度の逸脱がみられるか、それを数値化するという試みである。たとえば、東京都に配分された議席数は、総議席数の8.65%を占める(10) 。他方、東京都の人口は、総人口の11.13%を占める(11)。前者から後者を差し引くとマイナス(負の値)となる。前者が後者より小さく、過小代表となっていることがわかる。その差(ズレ)は2.48ポイントである。完全に人口に比例した配分であれば、その差は0(ゼロ)になるはずである。この計算をすべての都道府県で行うと、その差(ズレ)が、どの程度広がりをみせているかがわかる。その差(ズレ)を合計することによって、比例配分の値からの距離(離隔、逸脱)がわかり、これを指標とすることができる。計算としては前者から後者を差し引いた数値の絶対値(12)をとった値を合計してみる。そのポイントが0に近くづくほど人口比例に接近すると評価することができる(13) 。ちなみに、各ポイントの絶対値の合計数は、アダムズ方式では7.30ポイント、最大剰余法では4.24ポイントと計算できる。この数値化の手法によれば、最大剰余法の配分結果のほうがアダムズ方式のそれよりも人口比例の遵守度が高いと言える。
以 上
追補
今回の研修会では時間の関係でお話できませんでしたが、もし、時間に余裕があればお話ししてみようと用意していた(おまけの)話題がありましたので(14) 、以下にその一部を掲載いたします。
合憲状態?
最近、最高裁判所(広報課)は、選挙無効訴訟の大法廷弁論の際、傍聴人に事案の概要や争点、原判決など簡潔にまとめた書面を配付している(15) 。その最新のもの(16) には「合憲状態」という用語が使われている。次のとおりである。「平成30年の大法廷判決は・・・中略・・・平成27年の大法廷判決が判示した違憲状態は上記法改正によって解消されたものと評価することができるなどとして、上記選挙時において、本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったとはいえない(合憲状態)と判断した。」「原判決は、いずれも請求棄却判決であるが、16件のうち9件では、本件選挙区割りが違憲状態にあったとはいえない(合憲状態)との判断がされ、7件では、本件選挙区割りは違憲状態にあったが、憲法上要求される合理的期間内に是正されなかったとはいえず、公選法の規定が憲法の規定に反していたとはいえないとの判断がされた。」
この「合憲状態」という表現は聞き慣れない用語である。他方、「違憲状態」という用語は報道等でしばしば使用されて来ている。たとえば、違憲状態判決と言えば、定数配分規定が、憲法の要求するところに合致しない状況(違憲状態)に至っていたものの、憲法上要求される合理的期間内における是正がなさなかったとは言えない、という内容の判決の俗称(簡易表現・ジャーゴン)である。
選挙無効訴訟の判断枠組みは、教科書的には、①定数配分・区割りが違憲状態にあるか、②合理的期間内に是正されなかったため違憲なのか、③違憲の場合に違法の宣言をするにとどめるか、という3段階に整理されている(17) 。違憲状態判決とは①の段階が肯定され、②の段階が否定されたことを意味する。この3つの段階の整理の中に合憲状態なるものは現れない。①の段階で違憲状態が否定されれば、それは端的に合憲となる。それゆえ「合憲状態」とは、単なる広報課の用語にとどまるものと考えられる。今のところ法的概念として捉える必要はなさそうである。
また、翻って考えると、最大判令和5年1月25日の宇賀克也裁判官の述べているとおり、違憲状態にあれば違憲であると判示しても、その是正方法については国会の立法に委ねられることに変わりがなく、そのことが憲法の予定する司法権の限界を超えるとか、立法権の侵害になるということにはならない。それゆえ、客観的に違憲状態にあったのであれば、端的に、同法(定数配分・区割)は違憲であると判示すべきところである。このように、本来、違憲状態にあるのであれば、端的に違憲と判断すればよいのであり、そうなれば違憲状態なる表現も不要になる。まして合憲状態なる用語も、ということになる。
スマートな定数配分
当為は行為可能性を含意する。「・・・してはならない」「・・・すべきである」という規範文から導かれる規範は、そもそも人に不可能な行為には妥当しない。人は時速50キロメートルで走ることはできないので(18) 、時速50キロメートル以上で走ってはならないという規範は成り立たない。
将来、コンピューターの能力が向上し、(することはできるが)「してはならない」行為について、規範に頼る領域を狭め、その行為をそもそも不可能にさせること(19)によって、社会を成り立たせる、ということができるようになるかもしれない。それこそ、スマートな社会、あるいは、なめらかな社会の実現であろう。いわば、規範の自動執行(自動実現)である。
そこで、この発想を投票価値の平等にあてはめることが考えられる。住民は自由に移動するので、人口異同により各選挙区間の投票価値は常に変動することになる。10年毎の国勢調査によらず、住民基本台帳の情報データから自動的に選挙人名簿データが作成され、常にコンピューターによってリアルタイムに定数配分がなされる。そうすれば、選挙の度に無効訴訟が提起されることも少なくなるかもしれない。
スマート分配が実現した後で(住民構成)
もし、定数配分がコンピューターによって自動で計算されるようになれば(それに反することはできないので)、今度は、選挙区割りでゲリマンダリングがなされる可能性が高まる(20) 。そのとき、問題になり得る規範的表現が最大判昭和51年4月14にはある。それは50年以上、先例として引用されてきている。たとえば「住民構成」である。同判決は、各選挙区の選挙人数または人口数と配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされるべきことは当然であるが、「都道府県を更に細分するにあたっては、従来の選挙の実績や、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の要素を考慮し、配分されるべき議員数との関連を勘案しつつ、具体的な決定がされるもの」としている。すなわち、区割りにおいて「住民構成」を考慮することが可能である(そのことによって投票価値の平等が後退することもあり得る)という規範を定立している。
最新の最大判令和5年1月25日も次のように述べている。「衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度が採用される場合には、選挙制度の仕組みのうち定数配分及び選挙区割りを決定するに際して、憲法上、議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることが求められているというべきであるが、それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考慮することが許容されているものと解されるのであって、具体的な選挙区を定めるに当たっては、都道府県を細分化した市町村その他の行政区画などを基本的な単位として、地域の面積、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況などの諸要素を考慮しつつ、国政遂行のための民意の的確な反映を実現するとともに、投票価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが求められている」と。
しかしながら、住民構成を考慮してよいとすると、ゲリマンダリングの実施を立法裁量の範囲内にあると認めてしまうおそれがある。
区画審法第3条でも、各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることとし、「行政区画、地勢、交通等の事情」を総合的に考慮して合理的に行わなければならない、と定め、住民構成という考慮要素は文言上にも掲げられていない。
将来の桎梏を除去すべく、最大判昭和51年4月14日の先例から「住民構成」という部分を削除すべきではないかと考えている。
以 上
脚 注
1) 当時、修習生であり、その後、弁護士となった。日本で最初の議員定数是正訴訟である(山口邦明・衆議院議員定数是正訴訟・法学セミナー・2016年・3月・734号・35頁)。
2) その上告審である最大判昭和39年2月5日も合憲判断であった。「極端な不平等を生じさせるような場合は格別」と述べ、将来、選挙が無効とされる可能性に触れているが、この点については、斎藤朔郎裁判官の少数意見がある。この「格別」という言い方は、将来を約束する言葉の響きを与えながら、期待をふみにじる結果になり、かえって国民の司法に対する信頼を裏切ることにならないか、と危惧されている。その言葉は、その後の事情判決の法理なる発想に影響を与えているのかもしれない。
3) 岩崎美紀子「一票の較差と選挙制度」民主主義を支える三層構造・ミネルヴァ書房・2021年・20~23頁。ベーカー対カー判決(1962年)。Baker v. Carr, 369 U.S. 186(1962) 前掲書によると次のとおりである。この訴えは連邦地裁は棄却したが、連邦最高裁は破棄し地裁に差し戻した。連邦地裁は被告の州務長官に最高裁の判断に従った再分配法を制定するため州議会の特別会招集を示唆、州議会は再配分法を可決、知事の承認を受けて成立した。その後、改めて、この法の合憲性が裁判上争われ、裁判所は違憲としたが、選挙が差し迫っていたので、選挙実施を認め、選挙後の新議会で合憲的な再配分法の制定を求めた。新議会は再配分法を制定したが、これも提訴され違憲判決となり、新たな再配分法が制定された。これも提訴されたが、合憲判決となった。
4) 連邦下院の選挙区割りも州法で定められる。
5) この選挙は、この原稿執筆時点で最新の最高裁判例にかかわる選挙である(最大判令和5年1月25日)。
6) いわばウォーターフォール型の工程で進められている。もっとも、現実には、常時、人口異同が生じているのでアジャイル型の発想も必要かもしれない。法律が時の流れ(事実の変化)にブレーキをかけ、従来からの利益が保護されている、という視点が有用である。
7) 総務省統計局のWEBページで確認することができる。 https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2020/kekka.html
8) 56条2項の両議院の議事は「出席議員の過半数でこれを決し」とされている条項や、43条1項の両議院は全国民を「代表する」選挙された議員で構成される旨の条項などである。
9) 準則と原理については、長谷部恭男「憲法とは何か」岩波新書・2006年・72頁・142頁参照。同書では、両者を「特定の答えを一義的に与えようとする準則(rule)」と「特定の方向に答えを方向付けようとする原理(principle)」とを対比して説明されている。教科書的には、ルールは全か無かという二者択一的な仕方で適用され、原理はさまざまな重みをもって法的決定を一定の方向へ引っ張る、と対比される(瀧川・宇佐美・大屋「法哲学」有斐閣・2014年・250頁)。法とは何かに関するルールと原理については、ハート(H.L.A.Hart)とドゥオーキン(Ronald Dworkin)による有名な議論がある。これにより英語圏の法実証主義は包含的実証主義と排除的実証主義に分派した。ハートは「法の概念」(The Concept of Law)の補遺(Postscript)にて包含的法実証主義の立場をとることを明らかにした。法原理は社会的事実という出自によって同定される場合があるというものである。他方、排除的法実証主義(ジョセフ・ラズなど)は、法が道徳(原理)を含むことはないという考え方である。長谷部説はおそらく後者と思われ、憲法の基本権条項は、(法という)権威として役立つことは期待されておらず、法として機能する条項の権威を解除することにあり、道徳と法とをつなぐ架け橋の役割を果たす、と述べられている(長谷部恭男「法律学の始発駅」有斐閣・2021年・147頁・102頁)。
10) 平成28年改正法では総議席数289、東京都の配分議席は25であった。 25 ÷ 289 = 0.086505…すなわち、8.65%と計算できる。
11) 上述した令和2年国勢調査の結果である。東京都人口1404万7594人 ÷ 総人口1億2614万6099人 = 0.111359…すなわち、11.13%と計算できる。 それが負の値の場合はマイナスを除いて正の値とし、正の値の場合は何もしないという操作をする。エクセル表計算でいうところのABS関数である。こうして人口比例の値から離れる度合いを測定する。 逆に人口比例から離れるほど2.00に漸近する。そこで、この値を2で割ると(0.5を乗ずると)、人口比例から離れるほど1.00に漸近する値が得られることになる。こうして、人口比例に近づくほど0に近づき、人口比例から遠のくほど1.00に近づくという指標ができあがる。この指標は、LH指標(Loosemore & Hanby index/LH指数)と同じ結果を導く。0~100間の指標のほうが、0~200間のそれよりも、直観的な把握に資するであろう。
14) 研修会では「もっと聞きたかった」というお声をいただきましたので、追補に記載します。
15) そのほか、判決理由骨子これは、公開された裁判という観点からみて、国民に向けた地味だが確実な司法裁判所の一歩と評価できる。ただ傍聴できるだけというのではなく、判決内容もわかりやすくなるので、実質的な裁判の公開に資する試みと高く評価できる。
16) この原稿執筆時点では最大判令和5年1月25日である。
17) 渡辺康行ほか「憲法Ⅱ」総論・統治・日本評論社・2020年・203頁
18) 時速50kmは、秒速13.8888…mであるから、100mを約7.2秒で走る計算となる。ちなみに100m走の世界記録は9.58秒である。
19) たとえば、ある領域への立入を禁止したいとき、規範的に立ち入りを禁止するのではなく、どうあっても立ち入れなくすることによって、それを実現するのである。通常、立ち入りを不可能にするまでにはコストがかかり、規範を定立する方がリーズナブルなことが多いであろう。他方、コンピューターの中に構築された仮想空間(metaverse)では比較的低コスト(コードを書くのみ)で実現可能であろう。
20) 一票の格差解消の先にあるものとして、ゲリマンダリングと投票率の低下が掲げられる。粕谷裕子・「一票の格差」をめぐる規範理論と実証分析・年報政治学・政治理論と実証研究の対話・2015年・100~102頁。
以 上
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