文書提出命令とDiscovery
弁護士 永 島 賢 也
2008/11/10
証拠を出させるには
裁判をすることになって、重要な武器になるものは、やはり、証拠です。裁判は、証拠に基づいて判断されます。
証拠となる書類等が、一方当事者側に偏って存在している問題(証拠の偏在の問題と いいます。)が指摘されますと、しばしば、米国の証拠開示の手続(ディスカバリ・ Discovery)を我が国の民事訴訟法にも採り入れることができないか、という話題が持ち上がります。
相手方の所持する文書を裁判所に提出させることができれば、お互いに証拠を共通にしながら、裁判で争うポイントを整理していくことができ、いわば対等に戦うことができるようになるでしょう。
米国のディスカバリの中には、証言を録取する手続(Dipositions)や、質問書によっ て回答を求める手続(Interrogatoies)などがありますが、証拠開示制度の導入という 文脈においては、しばしば、文書の提出を求める手続(Document production)に焦点が当てられます。
すなわち、我が国の文書提出命令の制度をディスカバリのようにもっと拡充できないかという要請です。
文書提出命令とは
我が国の民事訴訟法220条には、次のような定めがあります。
文書提出義務 第220条 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
1 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
2 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
3 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律 関係について作成されたとき。
4 前3号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第196条各号(注:証言拒絶権に関するもの) に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は 公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第197条第1項第2号に規定する事実(注:医師や弁護士などの職務上知り得た 事実など)又は同項第3号(注:技術や職業の秘密に関するもの)に規定する事項 で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する 文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの 事件において押収されている文書
たとえば、1項で定めるように、当事者が訴訟で引用した文書をみずから所持するときは、その提出を拒否することができず、裁判所に提出しなければなりません。
そして、とくに4号では、イロハニホに定める場合を除いては、一般的に文書の提出義務があることが定められています。
証拠の開示と証拠調べの違い
従前と比較すると、徐々に、文書提出義務の範囲 は広くなってきているといえます。
しかしながら、ディスカバリ(証拠開示)と比較する場合は、我が国の文書提出命令は、証拠調べの方法のひとつにすぎないことを理解しておく必要があります。すなわち、証拠「開示」の制度と、証拠「調べ」の制度とは、大きく土俵が異なるのです。
民事訴訟法219条は、書証の申出として、文書を裁判所に提出するか、または、文書の所持者にその提出を命ずるように申し立てて行うことを定めています。みずから所持している文書を書証として調べてほしいと裁判所に提出するのは、ごく自然ですが、 相手方が、文書を所持している場合は、一定の場合、それを裁判所に提出するように求めることもできるのです。
そのほか、書証の申出には、文書送付の嘱託という方法 もあります(民訴法226条)。
すなわち、書証の申出は、みずから裁判所に提出する方法、文書の所持者に提出を命令してもらう方法、文書の所持者にその文書の送付を嘱託してもらう方法があります。
証拠調べの必要性の要件
ところで、書証の申出は、証拠の申出(民訴法180条)の一種ですから、裁判所は、当事者が申し出た証拠で必要でないと認めるものは、取り調べることを要しないとされています(民訴法181条1項)。いわゆる、証拠調べの「必要性」の要件です。
これは、文書提出命令の前提として、証拠調べの必要性の要件が必要であるということを示しています。 つまり、文書提出命令に証拠開示の機能を期待しようにも、証拠調べの必要性の要件が桎梏となるおそれがあるのです。
いくら、民訴法220条を検討してみても、証拠調べという土俵のうえでしか議論できないのです。
もし、文書提出命令に証拠開示機能を持たせるのであれば、同法181条と219条との関係も視野に入れなければなりません。
また、同法221条2項の射程にも気を配る必要があります。
関連性の要件
ディスカバリの証拠開示の範囲は広汎です。当事者の請求(抗弁)に関連するもの (relevant)であれば、開示の対象になります。すなわち、「関連性」があればよいのです。
証拠調べの「必要性」と、当事者の請求(抗弁)の「関連性」とを比較すれば、はるかに、関連性の要件の方が広汎です。
必ずしも、証拠調べの必要性までは認められなくとも、当事者の請求(抗弁)に関連性があるものであれば、開示の対象になるのです。
ですから、証拠の偏在を解消しようというコンセプトで、立法論として、文書提出命令の規定の改正を目論むのであれば、証拠調べの必要性を乗り越える何らかの「しかけ」を用意しておかなければなりません。
証拠調べの枠内での議論では、証拠の偏在の問題を取り扱うことはできないのかもしれません。
証拠開示を証拠調べの土俵で扱うことは、自分が感じているもどかしさの理由もわからないまま、憂鬱な時間を過ご すことになるかもしれません。
文書の特定のための手続に関しても、同様のことがいえると思います。
以 上
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