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医師の応招義務について

弁護士 永 島 賢 也
2017/11/17

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医事法

 医事法とは、医療に関する法のことである。医事法には多種多様なものがある。医師法もそのひとつである。医師法1条(昭和23・7・30法律第201号)は、「医師は、医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するものとする」と定め、医師の任務について定めている。
 ただ、法そのものは直接人を健康にすることはできない。それは医療の役割であり、医師の任務である。法は医療を支えることによってその実現に貢献しようとするものである。

医師法19条1項

 医師法19条1項は、「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と定める。医師の応招義務と呼ばれる規定である。この規定は、どのように医療の実現を支えようとしているのであろうか。
 この医師の応招義務の根拠は、医業の公共性と業務独占にあると説明されることが多い。もっとも、医師の応招義務には罰則はない。そして、この応招義務は、医師が患者に対して負う義務でもない。これは、医師が国に対して負う義務である。

公法上の義務 

 判例は、医師が診療しなかった行為(ブザーの呼出しで診療しなかったという不作為)が応招義務違反にあたる旨の主張に対し、右義務が如何なる意味で過失における注意義務の内容となるか不明な点はさておくとして、そもそも右義務は本来医師の国に対する義務であって、右条項によって直接医師が患者に対して右義務を負担するものと解することはできないと判示している(東地昭和56年10月27日判タ460号142頁)。すなわち、医師の応招義務は、公法上の義務と解されているのである。
 さらに、応召義務の規定は、はじめて来院した患者に対する関係だけでなく、この判決の事例のように、既に診療契約が結ばれ診療継続中の事件においても論点とされているのである。

判決例

 このように医師法19条1項は公法上の義務であって、その義務違反がそのまま医師と患者間の民事上の過失の有無に結びつくものとは考え難い。もっとも、診察しなかったことを正当化する事由の存在が真偽不明に陥った場合にでも何らかの医師の責任を肯定するというように、証明責任規範(拙著「争点整理と要件事実」233頁)として機能するように解釈されることがある。すなわち、正当な事由に該当する事実の有無が真偽不明となった場合、当該事由はなかったものとみなされる。もっとも医師法19条1項自体は「本文」「但書」という形式はもっていない。

 神戸地判平成4年6月30日は、同条項の定める応招義務は患者保護の側面をも有するという解釈を梃子にして、「医師が診療を拒否して患者に損害を与えた場合には、当該医師に過失があるという一応の推定がなされ、同医師において同診療拒否を正当ならしめる事由の存在、すなわち、この正当事由に該当する具体的事実を主張・立証しないかぎり、同医師は患者の被った損害を賠償すべき責任を負うと解するのが相当である。」と判示している。
 更に加えて、この応招義務の主体が、医師(個人)から病院にまで拡大されている。すなわち、「病院は、医師が公衆又は特定多数人のため、医業をなす場所であり、傷病者が科学的で且つ適切な診療を受けることができる便宜を与えることを主たる目的として組織され、且つ、運営されるものでなければならない(医療法1条の2第1項)故、病院も、医師と同様の診療義務を負うと解するのが相当である」と判示している。

  また、千葉地判昭和61年7月25日も同様の見解を示している。すなわち「医師が診療拒否によって患者に損害を与えた場合には、医師に過失があるとの一応の推定がなされ診療拒否に正当事由がある等の反証がないかぎり医師の民事責任が認められると解すべきである」と述べている。しかしながら、反証がなされれば医師の民事責任が否定されるのであれば、正当事由の真偽不明のリスクは患者側が負っていることになり、同判決が「一応の推定」をしたこととは矛盾しているようにも思われる。
 少なくとも、上述の神戸地判は医師側に立証を求め、千葉地判は医師側に反証を求めている。

正当な事由

 では、診療を拒否できる正当な事由とはどのようなものであろうか。
 *http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/08/dl/s0803-6e.pdf
 しばしば、引き合いに出される厚生省医局長通知(昭和24年9月10日医発第752号)は、「何が正当な事由であるかは、それぞれの具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべきである」として、道徳判断であることを前提(正当事由は道徳が法規範へ接続する入口と言えるかもしれない)に、次のような例を掲げている。

1)医業報酬が不払であっても直ちにこれを理由として診療を拒むことはできない
2)診療時間を制限している場合であっても、これを理由として急施を要する患者の診療を拒むことは許されない
3)特定人例えば特定の場所に勤務する人々のみの診療に従事する医師又は歯科医師であっても、緊急の治療を要する患者がある場合において、その近辺に他の診療に従事する医師又は歯科医師がいない場合には、やはり診療の求めに応じなければならない
4)天候の不良等も、事実上往診の不可能な場合を除いては「正当の事由」には該当しない
5)医師が自己の標榜する診療科名以外の診療科に属する疾病について診療を求められた場合も、患者がこれを了承する場合は一応正当の理由と認め得るが、了承しないで依然診療を求めるときは、応急の措置その他できるだけの範囲のことをしなければならない

 また、同じく昭和30年8月12日医収第755号厚生省医務局医務課長回答は「正当な事由がある場合とは、医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合に限られるのであって、患者の再三の求めにもかかわらず、単に軽度の疲労の程度をもってこれを拒絶することは、第十九条の義務違反を構成する」と述べる。もっとも、国民皆保険制度前の行政解釈であり、医師数も今よりずっと少なかった時期のことである。

 また、昭和49年4月16日医発第412号は「休日夜間診療所、休日夜間当番医制などの方法により地域における急患診療が確保され、かつ、地域住民に十分周知徹底されているような休日夜間診療体制が敷かれている場合において、医師が来院した患者に対し休日夜間診療所、休日夜間当番院などで診療を受けるよう指示することは、医師法第十九条第一項の規定に反しないものと解される。ただし、症状が重篤である等直ちに必要な応急の措置を施さねば患者の生命、身体に重大な影響が及ぶおそれがある場合においては、医師は診療に応ずる義務がある。」と述べる。

 上述のところをおおよそまとめると、診療を断ることができる場合としては
1)医師が不在のとき
2)医師が病気のとき
3)専門外の診療で、かつ、それを患者が了承したとき(応急措置等はする)
4)休日夜間診療体制が整備されている地域で、そこを受診するように指示するとき(症状重篤なときの応急措置はする)
5)勤務医が自宅で診療を求められたとき (緊急時は別)
があり得、逆に
ア)軽度の疲労のとき
イ)軽度の酩酊のとき
ウ)診療費を支払ってもらっていないとき
エ)休診日や診療時間外のとき
などは断れないということになりそうである。

  厚労省はデータベースサービスを実施しており「通知検索」で内容を確認することができる。
→ https://www.mhlw.go.jp/hourei/html/tsuchi/search1.html
 ここ↑で通知検索の「本文検索へ」をクリックし、検索用語として「応招義務」を入力して「検索実行」をクリックすると、いくつかの通知を見ることができる。

最近の判決例

  診療拒否と正当事由について判断された最近の判決例としては、東地判平成28年10月20日がある。それによれば、本件で被告が原告の診療を拒否したことには正当事由があったものということができ、被告には診療契約上の債務不履行責任は認められない、と判断している。いわば、ここでは、診療拒否の正当事由は、診療契約の債務不履行の帰責事由と同様の機能を果たしているように見える。

 また、東地判平成17年11月15日では、診療を拒否したという事実自体が認められないという事例であったにもかかわらず、念のためとして、医師法19条1項の定めるいわゆる医師の応招義務は、本来、国に対して負うものであって、(被告に同条項に違反する診療拒否行為が仮にあったとしても)ただちに私法上の不法行為を構成するものではない、と付言されている。

最近の局長通知

 医政発1225第4号・令和元年12月25日「応招義務をはじめとした診療治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」と題する局長通知において、医師法制定時から医療提供体制が大きく変化していることに加え、勤務医の過重労働が問題になるなかで、応招義務の法的性質等について改めて整理されています。

 → https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000581246.pdf

 ここでは、医師法19条(歯科医師法も)は、医師が個人として負担する義務として規定しているが、個人としてだけではなく、医療機関(組織)としても正当な理由なく診療を拒んではならないという考え方が明確にされています。

 労使協定・労働契約の範囲を超えた診療指示等については、使用者と勤務医の労働関係法令上の問題であり、医師法19条1項の応招義務の問題ではない、という考え方が明確にされています。

 診療の求めに応じないことが正当化される場合の重要な考慮要素は緊急対応の必要性(病状の深刻度/病状が安定しているかどうか)です。そのほか、診療(勤務)時間内かどうかや、患者との信頼関係が考慮されます。個別事案としては、患者の迷惑行為(例:診療と無関係のクレームの繰り返しなど)などです。そのほか、資力があるにもかかわらず故意に診療費を支払わない場合などが掲げられています。

 > 児玉安司「医療と介護の法律入門」118-126頁にわかりやすく説明されています。

                             以 上

                                

         

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