クラウドコンピューティングと著作権
弁護士 永 島 賢 也
2012/10/09
クラウド ロッカー型
現時点で、クラウドコンピューティングの概念を画定することは難しいでしょう。クラウドコンピューティングはいまだ従来のインターネット関連技術やサービスの延長線上に捉えられ、各類型にみられる典型的な著作物の利用行為を採り上げるしかないでしょう。
ここでは、ユーザーが自身の端末からファイルをクラウド上のサーバにアップロードし、そのファイルをユーザーが有する多様な端末等から利用できるようにするサービス(以下、単に「クラウドサービス」といいます。)について検討してみたいと思います。いわば、ロッカー型のサービスと言われるものです。
利用主体は誰
さて、クラウドサービスにおける著作物の利用主体は誰なのでしょうか。クラウドサービスでは、クラウドサーバ上で複製行為がなされます。この複製行為の主体は、ユーザーなのか、それとも、クラウド事業者なのか。
この点は、いわゆる「カラオケ法理」と呼ばれるものが問題とされています。この法理は、最高裁判決(クラブキャッツアイ事件/最判昭63・3・15判時1270号34頁)により定着したと言われる考え方です。
カラオケスナックの「客」の歌唱は、カラオケスナックの「経営者」の歌唱と同視しうるものとし、同経営者が演奏権(著作権法22条)の侵害者であると考えるのです。
もっとも、同最高裁判決には伊藤正巳裁判官の意見が付され、客による歌唱は音楽著作物の利用についてホステス等従業員による歌唱とは区別して考えるべきであり、これを経営者による歌唱と同視するのは擬制的にすぎて相当でないと批判されています。
カラオケ法理の射程
カラオケ法理は、端的に要約すれば(不正確になるのを厭わなければ)、現実に直接的な侵害行為をしていない事業者につき、管理・支配性と利益帰属性を要件として、その事業者をして著作権侵害者と認める考え方です。
このカラオケ法理の延長上には、「まねきTV事件」(最判平23・1・18判時2103号124頁/この判決にはカラオケ法理は用いられていないとされますが、「ベースステーションをその事務所に設置し、これを管理している」ことを理由に事業者の侵害主体性を認めた事例として同様の文脈で採り上げられることが多いようです。)や「ロクラクⅡ事件」(最判平23・1・20判時2013号128頁)があるとされ、「MYUTA事件」(東京地判平成19・5・25判時1979号100頁)も同様とされています。
これらの判決は、管理・支配下にあることを認めて、サービス提供事業者を利用行為主体と判断した例と掲げられています。
とすると、カラオケ法理の考え方を使えば、クラウドサービスにおける著作物の利用主体はクラウド事業者になってしまいます。これではクラウドサービスは萎縮してしまうかもしれません。大きな懸念材料というべきです。
そこで、上記の判例の射程を限定しようとする考え方や、カラオケ法理自体の見直し、立法による解決を提唱する見解が出てくることになるのです。
著作権法上、晴天なり
仮に、クラウドサービスにおけるサーバーからユーザー(の端末等)に対する送信の主体が、クラウド事業者であるとされれば、次に、その事業者が行う送信行為が「公衆」たるユーザーに対して行われるものといえるかどうかが問題になります。自動公衆送信に該当すれば著作権法の適用対象となってくるからです。
「公衆」とは、著作権法2条6項に特定かつ多数の者を含むと定められています。つまり、不特定または多数という意味になり、特定かつ少数に対する概念と考えます。クラウドサービスにおいて、クラウド上のサーバーに各ユーザーのために用意された空間と、各ユーザーとの間に技術的に1対1の関係が設定されており、これを前提にクラウドからユーザー端末へコンテンツ送信がされる場合、これをもって不特定または多数といえるのか、特定かつ少数にあたるのであれば、公衆とはいえないのではないか。公衆に当たらないのであれば、自動公衆送信には該当しないということにならないか、と考えることができます。
IDとパスワードで1対1の関係にあるにもかかわらず、クラウドからみてユーザーは公衆にあたるというのであれば、上述の萎縮効果が懸念されることになるでしょう。我が国ではクラウド(雲)は育たず、著作権法上、晴天なり、というアイロニーも現実味を帯びてくるかもしれません。
他方、クラウドサービスにおけるサーバー上で行われる複製行為の主体がユーザーであると認められるのであれば、次に、その複製は私的利用のための複製として著作権が制限されるものであるかどうかが問題になります(著作権法30条)。私的利用とは「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において利用すること」です。これにあたるのであれば、著作権侵害とはならず自由に複製ができることになります。一安心と言えます。
ただ、これには例外があります。たとえば30条1項1号では、公衆用に設置されている自動複製機器を用いて複製する場合は著作権侵害となります。そこで、クラウド上のサーバーが、この自動複製機器に当たるのではないかが問題になり得ます。
私は、サーバー内の領域がパスワードの設定等によって特定のユーザーにのみアクセス可能な状態に確保されているのであれば、公衆用自動複製機器には該当しないのではないかと思います。もともと、この規定は、昔、貸レコード店が流行したころに店頭に設置された高速ダビング機器を対象としていたのであって、クラウド上のサーバーはこれとは異なるように思われるからです。
ただ、クラウドサービスを利用した複製は手軽で頻繁に多量に行うことができる点で30条が想定していたいわば小規模な複製とはまた事情が異なるのではないかという視点もあり得るところです。
更に、クラウド上への私的複製の空間が閉じた状態(ひとりのユーザーしかアクセスできない状態)で有り続けるかどうかも問題になるでしょう。つまり、共有です。私的複製として認められる状態が、他のユーザーとの共有設定により、そうではなくなるという場合があり得ます。そのとき、クラウドサービスは著作権法の前にどのような対策を採るのでしょうか。
以 上
Copyright ©2012 Kenya Nagashima, all rights reserved