国際裁判管轄
弁護士 永 島 賢 也
2012/04/13
民訴法改正
今般、民事訴訟法の一部が改正され、平成24年4月1日から国際裁判管轄に関する規定が施行されることとなりました。
今まで、国際民訴法の規定がなかったため、条理に基づいて裁判籍の規定に国内管轄と国際裁判管轄の二重機能を認めたうえで(いわゆる逆推知説と言われる考え方)、当事者間の公平、裁判の適正・迅速に反する特段の事情が認められる場合には、それを修正して我が国の国際裁判管轄が否定する(訴えは却下され、裁判所の実質的な判断はなされない)という取り扱いがなされてきました。
この準則は、今回の民訴法の一部改正により修正されたのでしょうか。それとも、この準則を従来のとおりにいわば追認するような形となったのでしょうか。
国際裁判管轄入門
平成24年4月12日、東京弁護士会の国際取引法部会にて、国際裁判管轄入門と題して講演が開催されました(担当:永島賢也、小野田峻)。以下の内容は、その際、永島が配付したレジュメの一部に加筆したものです。
従来の判例の準則との関係
今回の改正により従来の判例の準則をほぼそのまま採り入れたという考え方が主流です。
他方、当事者間の衡平、適正迅速な審理の実現という観点から特別の事情を検討する前の段階(いわば第1段階)で既にスクリーニングが厳しくなっており、特別の事情で争う前に却下されてしまうという余地が増大しているという点を指摘する考え方もあります。民訴法3条の9による実質的な判断に進む前に管轄原因がないということで、 いわば「入口」のところで切られてしまう点を指摘する考え方です。
しかしながら、消費者契約については消費者に、個別労働契約については労働者に若干有利な方向性で立法されたこと以外は、ほぼ従来の判例を踏襲したというのが多数派であり、私もそのように考えます。
キーワード
国際裁判管轄に関するキーワードないし概念は以下のとおりです。
1 裁判権 → 裁判所が事件につき人的・物的に裁判権を有すること (訴訟要件のひとつ)
2 裁判権の限界 → 司法権の限界(法律上の争訟)、裁判権の免除(外国 家など)、国際裁判管轄。つまり、国際裁判管轄とは裁判権の限界に関する定めということになります。
3 国際裁判管轄 → 特定の渉外的な要素を含んだ事件について日本の裁判所が裁判権を行使する。
4 国際民訴法 → 日本の国内法として国際裁判管轄を規律する法。
5 準 拠 法 → 法の適用に関する通則法7条「法律行為の成立及び効力は、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による」。
6 条 理 → もののすじみち、道理のこと。(参考)民事ノ裁判ニ 成文ノ法律ナキモノハ習慣ニ依リ習慣ナキモノハ条理ヲ推考シテ裁判スヘシ(明治8年6月8日太政官布告第103号)
7 過剰管轄 → 具体的な事件と日本国との間に我が国の裁判権を行使することを正当化するだけの関連性がないこと。
8 間接管轄 → 外国判決の承認・執行に際して判決国が管轄を有する か(118条1号「外国裁判所の裁判権が認められるか」)。外国判決の承認要件としての外国裁判所の管轄についても、民訴法3条の2以下の規定によって決定される。反対の概念は直接管轄です。
9 訴訟法規 → わが国内で行われる訴訟手続は原則訴訟法規(法廷地 法lex fori)だけが適用され、外国訴訟法の適用は想定されていない。渉外事件 で準拠法として外国法を適用すべき場合に、それが訴訟法規であるのか、それとも、実体法規であるのかについて、区別の実益がでてきます。
10 管 轄 → 民事裁判権は国内の複数の裁判所の間で分担して行使され、その裁判所間の分掌の定めを管轄といいます。
11 逆推知説 → 国際裁判管轄の問題を裁判権の対人的対物的限界の問 題ととらえ、これを民訴法の土地管轄の規定から逆に推知しうるとし、土地管轄が認められる限り我が国の裁判権があるとしていた見解。
12 フォーラム・ノン・コンビニエンス → 他の裁判所が訴訟の審理をするうえで適切でより便宜な法廷地であると認められる場合、申立を却下することができるという法理 *権限規定と裁量規定
エッセンス
では、今回、施行された国際裁判管轄の規定のエッセンスをかいつまんでまとめてみましょう。
1 今回の改正をおおざっぱに言えば「管轄提供、後で調整」型というイメー ジです。個々の管轄原因を定めたうえ(3条の2〜8)、特別の事情による 却下を認めるものです(3条の9)。ただ、管轄の標準時は、訴えの提起時とされ ていますので(3条の12)、契約をしてから、あるいは事件が起きてから、提訴時までの事情の変化という点に不安定要因あると説明されることがあります。
2 3条の9の特別の事情は、間接管轄の解釈にも反映してくるとされていま す。つまり、民訴法118条の外国裁判所の確定判決の効力の承認要件の判断にも影響があるとされています。
3 専属管轄の合意がある場合は、特別の事情による却下はありません。これは3条の9の( )書きの内容となります。
4 いわゆるフォーラム・ノン・コンビニエンスの法理と、3条の9の特別の事情による却下の定めは同一のものではありません。他の裁判所が管轄を持つことなどに関し確認することは却下の要件とはされていません。
5 管轄合意は書面が必要です(3条の7第2項)。なお、管轄合意の準拠法の問題とは区別されます。
6 消費者契約を締結した消費者にとって管轄は拡大されています。訴えの提起時の消費者の住所でも可(3条の4第1項)とされているところがポイントと思います。消費者から事業者に対する消費者契約に関する訴えについて、事業者側から見れば、訴え提起時の消費者の住所でも訴えられることになりましたので、 事業者側から見ると予測不可能な地で訴えられる可能性があります。
7 消費者契約の管轄合意の有効性は限定されています(3条の7第5項1号2号)。
8 労働者にとって管轄は拡大されています。労務提供地が付加されているところがポイントと思われます。(3条の4第2項)。
9 労働契約の管轄合意の有効性は限定されています(3条の7第6項1号2号)。 例を掲げるとすれば、たとえば、技術職の労働者が海外企業にヘッドハ ントされてノウハウ流出してしまうケースなどが考えられます。そのような場合、退職時に管轄合意を確認しておくのが重要です。管轄の合意は労働契約の終了時にすることが有効要件のひとつとされているからです。逆に、労働者側から見れば、退職時に書面にめくら判を押さないことが必要になるでしょう。
10 被告の住所が訴え提起前に国内にあれば足りるとされています(3条の2 第1項)。これは、国内裁判管轄の人の普通裁判籍(4条2項)にある「最後の住所」という事実の立証責任を、国際裁判管轄については転換したものです。そこで、被告が、その後の時点で外国に住所があったことを示せば、この条文の適用において我が国の国際裁判管轄を認める要件が充たされないことになります。
11 営業所所在地には、業務関連性の限定あります(3条の3第4号、第5号)。 例を掲げると、A国航空機に乗ってA国で事故に遭ったが、日本国内のA国航空会社 の営業所は「被害者に対する」座席予約業務を行っていなかったケースなどが問題になると説明されています。たとえ被害者に対するものでなくとも、他の者に対する 同種の業務を行っていれば国際裁判管轄を認めてもよいのかどうかという点が問題になります。私の考え方としましては、要するに日本で訴えられることを想定し得るような関連性のある業務を行っていたかどうかが重要ではないかと思います。
12 義務履行地管轄は制限されています(3条の3第1号)。国内管轄では義務履行地について広く管轄が認められていますが(5条1 号)、 国際裁判管轄では、義務履行地管轄は、契約上の債務(契約関 連の事務管理・不当利得、債務不履行を含む)に限定されています。不法行為などの法定債権は義務履行地による国際債管轄を認めないという態度です。純粋な不法行為で被害者が日本にいる場合、義務履行地は日本なので日本で訴えるとい う理屈が通らないということになります。
また、反対給付の履行請求については義務履行地による国際裁判管轄を認めません。つまり、売買の目的物の引渡地が日本にあるからという理由で売買代金請求訴訟について我が国の国際裁判管轄を認めないというものです。
契約で義務履行地が日本国内にあるか、または、契約で選択した準拠法によれば履行地が日本であることが義務履行地管轄に必要です。選択とは黙示のものでもよいのかという点が問題になりますが、明示的なものに限定する解釈がとられることになるかもしれませんので、注意が必要と考えます。
13 訴訟競合に関する規定は定められませんでした。いわば国際的な二重起訴の例について、審理を停止したり、中止したりする定めはありません。もっとも、訴訟競合があるという事実が特別の事情として考慮され、訴えが却下されるおそれはあります。訴訟戦略としては、米国で訴えられたAが、いわばカウンターとして、 日本で債務不存在確認訴訟を提起し、Aは米国で管轄を争い、あるいは、フォー ラムノンコンビニエンスの主張をしながら、先に日本で有利な判決をもらい(相手方は口頭弁論期日に欠席する可能性があります。)、米国裁判所での不利な確定判決の日本での承認・執行を阻止しようとすることが考えられます。もっとも、米国に差押えの対象となる財産がある場合は有意的ではないでしょう。
14 併合管轄については、客観的併合は密接関連性の要件が付加されています(3条の6)。反訴も同様です(146条3項)。主観的併合は、38条の前段のケー スに限定されています
ただ、併合管轄については、専属的な合意管轄の適用除外がない点に注意が必要です(3条の9との比較)。たとえば、保証人ついては米国での専属合意管轄があるのですが、主債務者について日本に管轄が認められる場合、主債務者と保証人を共同被告とする訴訟について、保証人についても日本に国際裁判管轄が認められるかです。当事者が国際裁判管轄について外国の専属管轄を合意していた場合は日本国内での管轄の合意に比較して重要度が高いと考えま す。たとえば国内では、その相違は地理的な問題にとどまるケースでも、国際裁判管轄 の有無は質的な差異(適用される訴訟法が違う)が認められるからです。
以 上
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