建築紛争
弁護士 永 島 賢 也
2012/03/12
建築紛争について
先行型vs防御型
建築紛争が、請負として訴訟にまで持ち込まれる場合、おおきくふたつの類型に分かれると説明されています。
ひとつは、防御型と言われるものです。請負業者から注文者へ報酬代金が請求される訴訟の中で、注文者の方から瑕疵に基づく損害賠償を求めるなどして、防御を行うパターンです。
もうひとつは、先行型と言われるもので、注文者側から積極的に瑕疵に基づく損害賠償や修補などを求めるものです。
この防御型なのか、先行型なのかという類型の区別は実務上しばしば使われるものです。
請負vs売買
建築というと、つい請負契約を前提にしてしまいそうですが、端的に売買契約という場合も実は多いです。売買のケースでの紛争は、買主が売買の目的物(つまり、「建物」)に隠れた瑕疵があるとして損害賠償請求等を求めるというパターンになります。売買のケースでは、更に、契約当時、既に建物が完成しているパターン(建て売り)と、まだ建物が建っていないパターン(売り建て)に分かれます。
いずれも、どのパターンに属するか微妙なケースもあって、区別が難しい事案も多いですが、一応、上述のとおり、分けて考えられています。
仕事の完成
民法632条は、請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる、と定めています。
ここでのポイントは、請負契約の対象は、「仕事の完成」にあるということです。契約の時点では、何も完成した仕事など存在しておらず、これから完成に向かって活動していくことになります。おおざっぱに言えば、契約の時点ではとても詰め切れない詳細部分が多々残っているということです。契約後、時の経過とともに徐々に確定していくという流動的な部分が残ってしまうという性質が、請負という契約の中にはじめから織り込まれているということなのです。いわば、請負は点ではなく線の契約と言えるのかも知れません。
瑕疵vs欠陥
民法634条は、「瑕疵」がある場合の請負人の担保責任を定め、修補の責任や、損害賠償の責任が発生することが規定されています。
ここでのポイントは、法律が定めている「瑕疵」というものと、建築技術上の「欠陥」というものには、ずれがあるということです。
なので、まず、欠陥であるということが認められてから、更に、それが、法律上も瑕疵に当たるのか、という順序になります。逆に、建築学的に欠陥ではなくとも、契約に定めた仕様のとおりに施行されていないとして瑕疵にあたるという場合もあります。
ここでは、法律上の瑕疵と建築の欠陥とは違う、ずれがある、ということを頭に置きましょう。おおざっぱに言えば、建築士は建築の欠陥について語り、法律家は瑕疵について語り得るということになります。
仕事の完成
もうひとつ、瑕疵についてはポイントがあります。瑕疵は、工事が完成していることが前提になります。工事が、まだ、未完成の状態では、何かしら問題点を指摘できる場合があったとしても、それを瑕疵とは呼ばない、というルールで考えられています。
そうすると、問題は工事の完成とは何か、ということになります。それは、契約上、予定された工程が終了していることを指します。予定された工程は終わっているものの施行が漏れているものがあった場合、これを瑕疵として扱って「未施工の瑕疵」と呼びます。
4種の瑕疵
いわゆる「瑕疵」についてですが、判例法理では、契約当事者の合意内容に反するかどうかという点を重視する主観的瑕疵概念を中心に把握されています。これを分類すれば、契約違反(約定違反)としての瑕疵、法規違反(建築基準法違反など)としての瑕疵、美観損傷としての瑕疵に、未施行としての瑕疵の4つがあると説明されています。
1契約違反 2法規違反 3美観損傷 4未施工
見方を変えれば、工事の内容に強い不満があって「こんな状態で工事が完成したなんてよく言えるなぁ」と憤慨していても、法律的に、瑕疵に基づく責任追及を目標とするなら、予定された工程は終了していることを認めたうえで法的請求をする方がよいことになります。このあたりは各事案に応じて法律家の専門的判断が必要になってくるところと言えます。工事の完成を認めたうえで未施工部分を瑕疵として責任追及するという選択になります。
建物の用途やコンセプトなど
建築訴訟を提起する場合、次の点に触れておくと、裁判所や専門員(建築士)にわかりやすいとされています。
まず、建築用途です。戸建住宅なのか、集合住宅なのか、事務所、店舗、高層建築物、病院、学校、駅舎、その他特殊建築物(神社・仏閣・美術館・官公庁施設)などです。
次に、契約の形式です。建て売りか、売り建てか、注文住宅か、などです。
次に、工事種別です。新築か、リフォームかです。
次に、相手方です。設計施工、大工、ゼネコンなどです。
次に、構造工法・規模・床面積です。構造工法とは、木造、RC(鉄筋コンクリート)、SRC(鉄骨鉄筋コンクリート)、プレハブなどです。
次に、引渡日時です。除斥期間の起算点に関係します。
次に、書類です。契約書、設計図書、建築確認、住宅性能評価書、登記等があります。また、現場打合議事録や施工図が貴重な情報を与えてくれる場合があります。
次に、未払い代金の有無です。紛争になる前までに、どのくらい代金精算が進んでいたかがわかります。
次に、発注者(設計者)のコンセプトです。建築意図や思想・文化、パーソナリティも関わってきます。実は、これが、結構、重要な役割を果たします。同じ定型の契約書や設計図書であっても、建築意図を加味すると、それぞれ読み方が違ってくるのです。ですから、この点も、是非打ち合わせ段階で確認しておくとよいと思います。
建築士の専門領域・項目
建築士は建築の専門家ですが、担当する建築項目としては次のように分類することができます。建築士はそれぞれ専門とする領域をもっているものです。たとえば、積算という分野は特殊な領域といえます。その紛争の事案に適合した専門家の助言を得られるかどうかが重要になります。
まず、構造関係です。木造、木造壁式、鉄骨造、RC、SRC、鋼管コンクリート造、シェル構造、プレキャストコンクリート造、合成・混合構造などです。
次に、用途関係です。戸建住宅、集合住宅、事務所、店舗、高層建築物、特殊建築物などです。
次に、建築分野です。設計監理、構造計算、構造内容、施工、環境(シックハウスやアスベスト、日照、有害化学物質、騒音、振動など)、地盤、設備(空調、電気、給排水など)、積算、法規などです。
訴訟でよく使われる建築用語
建築紛争では建築用語がしばしば使われます。一見、わかりやすそうな用語でも、実は最初に受けた印象と違う意味で使われている場合もあります。
工事管理と工事監理の区別があります。
工事管理とは、施工業者の行う工事の監督指導業務の総称のことをいいます。
工事監理とは、工事が設計図書のとおりに実施されているかどうか確認することをいいます。
発音が、全く同じなので、証人尋問では、両者の区別がわかりやすいように、前者を「たけかん」「くだかん」と呼び、後者を「さらかん」と言い分けます。
確かに、管理の「管」には「たけかんむり」があり、「管」の訓読みは「くだ」になります。他方、監理の「監」には、「さら」という部首があります。
未施工と未完成も区別されます。
未施工とは、契約上予定された工程は終了しているけれども、施工漏れがある場合をいいます。
未完成とは、そもそも契約上予定された工程が終了していない場合のことをいいます。
未工事とは、契約上予定された工程が終了していない部分の工事のことを指して使います。未工事部分をどうするか、などと言います。
だめ工事とは、だめな工事ではなく、未施工にかかる施工漏れの部分の手直し工事のことで、一通りの工事は終わったけれども、手直しの必要があると指摘された部分についてやり直しをしたり、手を加えて修繕したりする工事のことです。駄目工事とも表記します
。
減工事とは、お互いの合意によって除外された工事のことをいいます。合意がありますので、減工事は未施工とは明確に区別されます。
VEとCDという表現があります。
VEとは、性能や機能を低下させないでコストを低減する行為をいいます。
CDとは、性能や機能の低下を伴う方法を含めてコスト低減を図る行為をいいます。
仕様発注と性能発注という用語があります。
仕様発注とは、枠組みを決めて、いわば造り方を決めて発注するものをいいます。
性能発注とは、処理能力や機能を示して発注し、その性能・機能を充たしているのならその造り方や仕様は問わないとされているものです。たとえばゴミ焼却場の建設などで焼却能力を定めて発注する場合などがあり得ます。
スキーマという考え方
建築には専門的な知見がつきものです。建築専門家が有する知見は一種のスキーマ(schema)ではないかと説明されることがあります。スキーマとは学習された領域固有性のある枠組みとしての知識とされています。カントの純粋理性批判でもschemaという用語が出てきますが、日本語では「図式」と訳されています。定義的に言うならば、スキーマとは、客観的な認識に対し意味を供給する何ものか、といえるかもしれません。木造の建造物の筋交い、鉄筋のかぶり、補強筋のピッチなど、それ自体の認識に対し、それが建造物であるということから、意味を持たせている共通理解としての図式が確かにあるように思われます。
以 上
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