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アウトサイダーへの誘惑 (ゲームの理論風に)

弁護士 永 島 賢 也
2009/11/5

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パテントプールA

 あるパテントプールをAとします。そして、Aというパテントプールに参加してい る特許権者(a社、b社、c社、d社)を小文字でa, b, c, dと表現するとしま す。したがって、Aというパテントプールとその参加者(特許権者・ライセンサー)は、A(a, b, c, d )と表現することとします。また、パテントプールA とライセンス契約するライセンシーをT社とします。

 パテントプールには、バイパス性があり(加藤恒著:パテントプール概説49 ページ)、パテントプールに基づく一括的ライセンスとは別に、パテントプールに属するライセンサー(特許権者)とライセンシーとの間で個別のライセンスをすることは差し支えないとされています。これは、いわば、独占禁止法対策であり、パテントプールに参加する者が共同してライセンシーに取引条件や制限を課す形にならないように、個別ライセンスの機会を保障しているものと説明されます。

 実際、公正取引委員会の「標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方」によれば、「パテントプールに参加する者に対して、パテントプールを通す以外の方法でライセンスすることを認めないなど、特許の自由な利用を制限することは、通常はパテントプールの円滑な運営に合理的に必要な制限とは認められず、製品市場及び技術市場における競争に及ぼす影響も大きいと考えられることから、独占禁止法上問題となるおそれがある(私的独占、不当な 取引制限等)」とされています。
 http://www.jftc.go.jp/dk/patent.html

 ですから、パテントプールAに参加しているa社は、パテントプールを通じてライセンシーT社にライセンスをすることもできますが、他方、プールを通さずに、個別にライセンスすることもできるという形になります。もっとも、ライセンシーの側から見れば、プールを通じて、1回で契約する方が便利であり、ライセンス料も高くなるので(プールへのライセンス料+a社へのライセンス料)、 あえて、そのような選択をする必要はないといえます。


 見方を変えれば、パテントプールは、個別ライセンスのバイパス性を確保し、独禁法への抵触の危険を回避しつつ、実際には、プールを通す方がライセンシーにとっては有利になるように設計されているものといえます。

「離脱」= アウトサイダー


 しかし、たとえば、特許権者aが、パテントプールAから分配を受ける料金ないし分配方法などに不満があるとき、プールから離脱したいと考えることはあり得ます。


 たとえば、東京高裁平成15年6月4日判決(パチスロ機パテントプール事件) で、「アルゼは、日電特許に実施許諾している特許権等につき、アルゼに対する実施料の支払額が低いことや、特許権者等に対する実施料の分配方法に不満を抱くようになり、平成8年度契約が平成9年3月31日をもって合意解除ないし更新拒絶等により終了したと主張」して(NBL2003.11.15/P28・弁護士長澤哲也執筆「パテントプールの独禁法上の問題点)、パテントプールから離脱し、そのうえで、独自に、特許権侵害訴訟とライセンシーに対して提起したものと説明されています。


 すなわち、パテントプールによるライセンス料の設定額や分配方法が、パテントプールを離脱してアウトサイダーになった方が有利であると動機づけてしまうことがありうるのです。

ゲームの理論風に


 ここで、いわゆるゲームの理論風(あくまで、テイストとしてです。)に分析してみましょう。


 上述のように、パテントプールを大文字のAとし、これに参加している特許権者を小文字のa, b, c, d と表現します。商品1個につき、1%のライセンス料をとっていたとします。その場合、A(a, b, c, d )×1%と表現します。商品は、1個1000万円とします。
 たとえば、a, b, c, d社の有している各技術が、一体として実施されることで生まれる市場(たとえば、携帯電話など)があったとします。


 ただし、その市場では、ライセンス料が10%になると、誰も、ライセンス料を支払ってまで当該技術は利用しなくなってしまうとします。あるいは、10% を超えれば、他の代替技術を採用して、そっちへ流れてしまうとします。ですから、a社が、ひとりで、ライセンス料10%を要求すると、市場は荒廃し、誰 も、見向きもしなくなります。

 これは、a社、b社 c社、d社が、各々2.5%のラ イセンス料をとろうとしたときも、合計すると10%になってしまうので、同じです。ですから、a社、b社 c社、d社は、Aというパテントプールを作り、お互い、ライセンス料を抑制して、市場にライセンシーを呼び込むよう低額なライセ ンス料を設定することになります。


 それでは、そのライセンス料は、何%とするのが、適切でしょうか。  仮に、A(a, b, c, d )×9%とすると、当該市場でライセンスを受けようとする者は1社しか現れません。そこで、これを、A(a, b, c, d )×9%=1と表現します。同様に、8%の場合は2社、7%の場合は少し増えて5社、6%の場 合10社、5%の場合20社、4%の場合50社、3%の場合100社と、ライ センス料が低額になるほど、参加者が加速度的に増加します。しかし、それ以上低額化して2%としても160社、1%としても240社と、参加者は増加はするもののその伸びは鈍化するとします。この関係をまとめると以下のとおりとな ります。


A(a, b, c, d )×10%=0 → a(aの取り分)=0
A(a, b, c, d )×9%=1 → a=22万5000円
A(a, b, c, d )×8%=2 → a = 40万円
A(a, b, c, d )×7%=5 → a = 87万5000円
A(a, b, c, d )×6%=10 → a = 150万円
A(a, b, c, d )×5%=20 → a = 250万円
A(a, b, c, d )×4%=50 → a = 500万円
A(a, b, c, d )×3%=100 → a = 750万円
A(a, b, c, d )×2%=160 → a = 800 万円
A(a, b, c, d )×1%=240 → a = 600万円


 そして、各社1個ずつ商品を製造し、その販売価格は1個1000万円とします (商品を1個だけ製造販売するということは、通常ありませんが、計算がしやすいので、ここでは、そのような設定とします。)。

ライセンス料2%


 パテントプールが、2%という低額のライセンス料を設定していた場合、すなわちA(a, b, c, d )×2%の場合、(a, b, c, d )×2%=160となり、 160社が市場にやってきます。この場合、a社、b社 c社、d社は、均等に分配を受けるとすると、2%÷4=0.5%ずつ、となります。すなわち、1000万円×160社(×商品1個)×2%÷4=800万円のライセンス収入を得ることができます。各社の製造販売した商品は各1個なので、会社の数と同じ数の商品が、製造販売された計算になります。


 この場合、アウトサイダーへの誘惑が生じます。


 というのは、次のとおりです。


 d社は、Aから離脱して、みずから2%のライセンス料を請求したとします。 そうすると、ライセンシーは、パテントプールAへのライセンス料2%のほか、 d社への2%のライセンス料を支払わなければなりませんので、結局、合計4%のライセンス料を払うことになります。その場合、ライセンス料の合計額が4% にあがってしまうので、市場参入者が減少し、ライセンシーが50社に減ります。{ A(a, b, c )×2% } +{ d×2% }= 50となります。


 この場合、a社、b社、c社は、それぞれ1000万円×50社×2%÷3で、333万円 のライセンス料を得られます。他方、d社は、アウトサイダーとして1000万円× 50社×2%の1000万円の収入を得られます。つまり、d社は、アウトサイダーになった方が有利です。パテントプールにとどまっていると800万円しか得られないところ、アウトサイダーになると1000万円を得られるからです。


 仮に、d社が、3%のライセンス料を得ようとすると、ライセンス料合計は 5%となり、20社しかライセンシーが現れないので、a社、b社、c社は、それぞれ133万円、d社は、600万円となります。つまり、d社は、アウトサイダーとなった場合でも、3%のライセンス料をとることは避けることになります。アウトサイダーになって、かえって、ライセンス料が少なくなるからです。


 これを見たc社が、d社に続いてアウトサイダーになり、みずからも2%のライセンス料を請求した場合は、どうなるでしょうか。


 A(a, b )×2%で、d社が2%で、c社が2%となりますから、合計6%の ライセンス料が必要になります。この場合、市場からライセンシーは、大幅に 減って10社しか集まりません。{ A(a, b)×2% } +{ d×2% }+{ c× 2% }= 10となります。


 a社、b社は、それぞれ1000万円×10社×2%÷2で、100万円のライセンス料しか得られなくなり、c社、d社は、それぞれ1000万×10社×2%で200万円のライセンス料しか得られなくなり、c社は、パテントプールに参加していたときの方が有利だったことになります。


 したがって、合理的に振る舞うc社は、d社に引き続いて、パテントプールから離脱してアウトサイダーにはならないといえます。パテントプールAが2%のライセンス料を設定する場合、最初に、プールから離脱して、アウトサイダーになった者が有利という関係になっています。早い者勝ちです。


 仮に、c社が、アウトサイダーとして、1%のライセンス料に甘んじたとしても、ライセンス料合計は5%ですから、20社のライセンシーが集まり、a社、b 社は、それぞれ1000万円×20社×2%÷2で200万円、d社は1000万円×20社×2%で 400万円、c社は1000万円×20社×1%で200万円となり、やはり、c社は、パテントプールを離脱すると不利になります。


 従いまして、パテントプールAが2%のライセンス料を設定している場合、客観的には、誰かひとりだけアウトサイダーになると安定する状態にあるともいえます。最初にプールから離脱した者だけが有利になるという安定均衡のパターン です。


 これは、見方を変えれば、もともと、パテントプールAが設定していた2%のライセンス料が低すぎたと言うことができます。

ライセンス料3%

 

 そこで、パテントプールAがライセンス料を3%にあげたとします。すなわち、A(a, b, c, d )×3%=100です。


 この場合、a社、b社 c社、d社は、それぞれ1000万円×100社×3%÷4で、750万 円のライセンス料を取得します。d社が、アウトサイダーになって、みずから 3%のライセンス料を請求したとしますと、市場には10社しか集まりません。 { A(a, b, c )×3% } +{ d×3% }= 10です。


 なので、a社、b社、c社は、それぞれ1000万円×10社×3%÷3で、100万円のライセンス料を取得し、d社は、1000万円×10社×3%で、300万円のライセンス料 を取得する計算になります。ですから、d社は、アウトサイダーになると損をすることになります。パテントプールにとどまっていれば750万円を取得できていたからです。アウトサイダーになったがために、逆に、ライセンス収入が、下がってしまいます。


 仮に、d社が、アウトサイダーになるものの、そのときのライセンス料を3%でなく、2%に減額したとします。その場合、ライセンス料合計は5%ですから、市場には20社が集まります。なので、a社、b社、c社は、それぞれ1000万 円×20社×3%÷3で、200万円のライセンス料を取得し、d社は、1000万円×20社× 2%で、400万円のライセンス料を取得することになります。しかし、やはり、アウトサイダーになったのは、失敗だったといえます。パテントプールにとどまっていれば750万円を取得できていたからです。アウトサイダーになったがために、逆に、ライセンス収入が下がってしまいます。


 では、いっそのこと、d社が、アウトサイダーになって、1%のライセンス料 にまで減額したらどうでしょう。その場合、ライセンス料合計は4%ですから、 市場には50社が集まります。なので、a社、b社、c社は、それぞれ1000万円×50 社×3%÷3で、500万円のライセンス料を取得し、d社は、1000万円×50社×1%で、500万円のライセンス料を取得できます。しかし、やはり、アウトサイダーとなったのは、失敗だったといえます。パテントプールにとどまっていれば750 万円を取得できていたからです。この場合でも、アウトサイダーになったがために、逆に、ライセンス収入がってしまいます。

安定均衡?


 したがって、パテントプールAは、3%のライセンス料をとっていると、アウトサイダーの出現を阻止することができる安定均衡の状態にいることになります。  パテントプールAが、ライセンシーを増やし、分配収入を増やそうと、ライセンス料を2%まで下げると、結局、アウトサイダーへの誘惑が発生してしまいま す。a社、b社、c社、d社のうち、1社が離脱して、同率の2%のライセンス 料を請求すると、パテントプールAに帰属している3社は分配が333万円に減少し、離脱した者は、1000万円のライセンス料をもらえることになります。


 しかし、パテントプールAが、それ以上、ライセンシーの数を増やそうとせず、3%のライセンス料をとって、1社750万円の分配に甘んじていたとすれば、計算上は、アウトサイダーの出現を阻止できるので、各社の収入が減る危険はなくなることになります。


 したがって、パテントプールAが、あるポイントで、それ以上、ライセンシーの数を増やし、分配額の増収を目指してライセンス料を低額化すると、アウトサイダーの発生を助長し、結局、分配額も減ってしまうという関係になります。

舵取りの難しさ

 このように、パテントプールA(ないしそのライセンス会社)は、独占禁止法 への抵触もケアしながら、市場に多くのライセンシーを呼び込み、しかも、アウトサイダーへの誘惑を起こさせないという、均衡のあるライセンス料の設定(その他の条件)に苦心することになります。


 もっとも、現実は、もっと、複雑であり、かつ、必ずしも、誰もが合理的に振る舞うとは限りません。d社が、パテントプールAのルールが気に入らないとの理由で、たとえ、自己の収入が減っても離脱してしまうこともあり得ます。プールの設定したライセンス料から想定される市場参加社数も変動する、あるいは、 予想のつかない部分もあります。


 ただ、ライセンス料やその他の条件の設定には、非常に微妙なバランス感覚 必要になるといえると思います。

                                   以 上

                                

         

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