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知財ライセンス戦略と倒産リスク

弁護士 永 島 賢 也
2009/6/3

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*これは、経済産業調査会でのセミナーの手控えから抜粋したものです。

第1 ライセンス契約とは

 1 ライセンスとは、英語でいうところのLicenseであり、直訳では、免許証や、許可書を意味します。ですから、日本語としては、免許、認可、承認、許可、などと表現できます。ライセンス契約といえば、免許契約、認可契約、承認契約、許可契約などの意味になります。
 2 ただ、英語の契約書では、冒頭の部分で、様々な契約用語の定義を定めた後、まさに、何々を許諾するという条項として、Grant of License などという題名のもと、次のように定められていることが多いようです。
トレードシークレット・ライセンス契約の例
 A grants to B an exclusive license and right to use the Proprietary Information to manufacture, xxxxx, have manufactured, xxxxxed, as well as use or sell the Products in the Territory.
商標のライセンス契約の例
 A hereby grants B so far as it is legally entitled so to do a license and authority to manufacture sell and distribute the Products in the Territory.
 3 ポイントは、Grant という文字です。誰が、誰に、grantしているのか、何を、grantしているのか、どの地域でgrantしているのかが、重要です。
 4 ちなみに、grantのは、願いなどを聞き届ける、かなえる、承諾する、許可を与えるという意味です。どちらかというと、格式張った言い方です。
 5 ですから、とりあえず、英語のライセンス契約を見た場合は、定義条項で、定義の内容(たとえばTerritory とは、どの地域かなど。定義された単語の最初の文字は、大文字で表記されます。)を確認した後、grantという文字を探してみてください。

第2 条文の表記

 1 ここで、我が国の知的財産に関する法律の条文を見てみましょう。たとえば、特許法78条は、特許権者は、その特許権について他人に通常実施権を許諾することができる、と定めています。この許諾についても、一般に、ライセンスすると表現したりします。また、商標法31条は、商標権者は、その商標権について他人に通常使用権を許諾することができる、と定めています。これも、また、ライセンスすると言ったりまします。特許では、「実施」と言い、商標では、「使用」と言います。さらに、著作権法63条は、著作権者は、他人に対し、その著作物の利用を許諾することができる、と定めています。つまり、著作権では、「利用」と言われています。
 2 「実施」の意味は、特許法2条3項で、定義されています。ですから、特許権のライセンス契約で、特許法上の定義を利用したいのであれば、実施という言葉を使う方がよいでしょう。
 3 同じように「使用」の意味は、商標法2条3項で、定義されています。商標については、「標章」や「商標」、「使用」の用語をきちんと使い分けられるとよいと思います。
 4 他方、著作権の領域では、「利用」と「使用」とが区別して用いられています(斉藤博:著作権法・有斐閣)。端的に言えば、「使用」には著作権は及ばないということです。たとえば、出版物を読んだり、CDの音楽を聴いたりするのは、使用とされ、それ自体、著作物を利用する行為には該当しないと説明されていますので、著作権侵害とはならない行為という意味で、利用とは区別されています。もっとも、例外的な規定があり、113条2項のプログラムの著作物についてのものですが、ここでは、これ以上、この点には触れないことにします。
 5 ですから、著作権に関するライセンス契約をする場合、契約書の文言は「使用」の許諾するのではなく、「利用」を許諾する方がよいと思います。もっとも、使用と利用の境は流動的との指摘もなされています。
 6 ちなみに、種苗(しゅびょう)法を見てみると、2条5項で、「利用」の意義が定義され、たとえば、26条では、通常利用権を許諾することができる、と定められています。

第3 ライセンスの戦略

 1 ライセンス契約をすることの戦略的メリットとしては、ライセンサーからの視点でいいますと、業界にもよりますが、技術や製品が、市場において、早期に認知されるという点が上げられます。新技術や新製品が、単独の企業のみで、開発製造販売されていると、業界の裾野が広がるまでに時間がかかるおそれがあります。そこで、ライセンスすることによって、いわば仲間を作り、多数の製品を世に出していくのです。
 2 類似商品というものは、常に、出現するものですが、この類似商品でさえ、市場を拡大する際に、逆に利用していくという考え方もあるようです。つまり、若干の類似商品の流通を視野にいれておきながら、これを一掃しようとするのでなく、その中で特に悪質な業者をピックアップし、周期的に法的手段をとるというやり方です。
 3 さらに、ライセンス契約を締結することによって、業界を拡大し、何々産業振興会という名称の団体などを立ち上げ、自らそのリーダーに座り、業界の育成を図り、商圏を拡大していくやり方は、使い古されたものかもしれませんが、実際に機能している業界もあるようです。こうして、公正な取引を維持しながら、最終的に、デファクトスタンダード、すなわち、事実上の標準技術の地位の獲得をめざすのです。
 4 侵害事案との関係についても見ていきたいと思いますが、他社の侵害行為について頭を悩ますこともあると思います。しかし、そういう事案が、逆に、ビジネスチャンスに変わることがあります。
   侵害された知的財産権の種類によりますが、侵害行為の相手方が、将来のライセンシーに変わり、顧客としてライセンス料を払ってくれる関係になるというケースがあります。
   たとえば、著作権侵害のケースでは、このような場合も想定可能ですので、将来の顧客になる可能性をも見込んで、侵害行為の警告をするという微妙なバランス感覚が(あまりにも強硬な態度をみせるとビジネスチャンスを失うので)必要な書面を作成することになります。
 5 また、ライセンス契約をする戦略的メリットとしては、たとえば、欧米、あるいは、アジア地域で、ライセンスすることによって、その地域での投資を抑制することができます。最初から、現地法人を設立するのは、いかにも、リスクが高く、現地の法人にライセンスすることによって利益の見込める市場を作ってもらってから、現地法人を設立するという方が経済的にはメリットがあります。
もちろん、そういう場合、ライセンシーとの間のトラブルは、予想できます。つまり、当該地域で市場を作ってきたのは自分たちなのに、一番、良い時期になって、ライセンス契約を終了させて、現地法人を作るのは許せないという趣旨の反発はよくある話です。
 6 また、ライセンス契約をする戦略的メリットとしては、クロスライセンスです。自分で持っていない技術を相互に補完しあって、技術の発展を促進させるという意義があります。さらに、重要な点は、同時に訴訟リスクを回避できることです。訴訟のリスクを回避できるということは、会社の業務、現場の技術者を、製品開発や営業活動に集中させることができるということです。
 7 また、ライセンス契約をする戦略的メリットとして、次のことを掲げられるかもしれません。つまり、市場のアンテナです。ライセンサーとしての地位で業界を眺める視野と、ライセンシーのそれとは異なるところがあるようです。ライセンシーは、一見取るに足らないと思われるような市場環境の微妙な変化に敏感(あるいは、必要以上に過敏)なようです。
 8 そのほか、ライセンス契約は、あくまで当事者間の契約ですから、契約当事者でない第三者からその内容を見られるおそれがないという意味で、秘密が守られるメリットがあります。たとえば、医薬品の場合であれば、化合物名や対象となりうる適応症、その他、現在の開発段階が判明したりすると、その開発意図を推知することが可能になりますから、競合他社による特許権侵害を回避するための戦略を練られるおそれも出てくるでしょう。医薬品業界についていえば、医薬品の製造会社は、吸収合併などで、巨大化し、収斂していく傾向にあるようで
すが、他方、研究開発については、多数のバイオベンチャーが活動しているという状況があります。
   中小のバイオベンチャーが、医薬品研究に不可欠な道具であるリサーチツール(遺伝子自体や化学物質、コンピュータソフトなど)について特許を保持している場合、どうしても、そのライセンスを受ける必要が出てくることになるはずですが、中小であるだけに、財産的基礎が脆弱で、倒産してしまう場合もあるようです。ライセンサーが倒産してしまった場合、再度、ライセンス関係を修復するのに多大なエネルギーが必要になる場合もあるようです。というのは、ひとつのライセンスの中に、多数の他のサブライセンスが含まれ、非常に複雑になっている場合もあるからです。また、特殊な細胞については、単にライセンスを受けるだけではなく、その供給と技術指導が一体のなっていなければ研究開発を進めることができない場合もあります。

第4 ライセンサーの破産(契約解除権)

 1 ライセンサーが破産してしまった場合、ライセンス契約はどうなるのでしょうか。破産管財人は、破産財団に属する財産を金銭に換価して、破産債権者への配当に回さなければなりませんので、契約はどこかで打ち切るか、当該財産を譲渡するなど、何らかの処分をしなければならなくなります。
 2 裁判所で破産開始決定が出ますと、その後、遅かれ早かれ、破産者の財産関係は、いわば清算されてしまうことになります。したがって、破産者を一方当事者とする契約、その他の法律関係は、いわば清算に向けて、処理する必要があります。
 3 破産法は、売買契約などの双務契約で、破産開始時、いまだ、双方とも履行していない場合、破産管財人は、その契約を、解除するか、債務を履行するか、選択することができると定めています(破産法53条)。民事再生法でも、会社更生法でも、同様の規定があります(民事再生法49条、会社更生法61条)。
 4 この規定により契約が解除されてしまうと、自分に何ら責めのないライセンシーにとって、ライセンサーが破産したことによって、ライセンス契約を解除されてしまい、多大の損害を受けてしまいます。ライセンシーは、ライセンスされた技術を実施するため相当の資本を投下している場合もありますし、当該技術に依拠して業務が行われている場合などは、ライセンシーの事業も終わりを迎えてしまうでしょう。さらには、業界全体で、基本技術をクロスライセンスしているような場合、その業界自体が立ちゆかなくなることも想像できます。
 5 しかしながら、破産法は、同時に、「賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利を設定する契約」について、対抗要件を備えている場合には、上記の解除等の規定(破産法53条1項2項)は適用しないと定めています(破産法56条)。
   同様に、民事再生法51条は、この破産法56条を準用していますし、会社更生法63条も準用しています。
 6 この「賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利を設定する契約」に、ライセンス契約が含まれます(竹下守夫編集:大コンメンタール破産法・青林書院、伊藤眞著:破産法・民事再生法・有斐閣、徳田和幸著:プレップ破産法・弘文堂)。
   伊藤教授の著書によると「ライセンス契約は、ライセンサーの特許権などが目的物となるが、ライセンサー(特許権者)がライセンシーに対して目的物たる権利や法律上の利益を使用する権利を設定し、相手方がそれの対価としてロイヤリティを支払うことを基本的内容とする継続的契約である。したがって、契約期間中にいずれかの当事者について破産手続が開始されれば、契約は双方未履行双務契約とみなされ、法53条以下の規定にしたがって整理される。」と述べられています(同書272頁・有斐閣)。

第5 対抗要件による防御とやぶへび論


 1 これは、今回、新破産法が制定される以前から述べられていたライセンス契約の法的保護について、その懸念に答えたものです。現行の破産法は、平成17年1月1日に施行されました。
 2 しかしながら、破産法が採用した対抗要件の有無によるアプローチについては、結果として「やぶへび」となったのではないかと見る向きもあるようです。つまり、実施権について、対抗要件を取得すること自体が、業界内で例外的であったという実態を前提にすると、このような規定が設けられてしまえば、逆に、対抗要件がなければ救済されないということをも明記してしまったに等しいといえるからです(56条1項の反対解釈)。
 3 ちなみに、対抗要件の有無によるアプローチ以外には、たとえば、米国倒産法のやり方が掲げられていました。管財人ないしDIP(Debtor in Possession)としてのライセンサーが、履行の引受か、拒絶か、選択することができ、履行が選択されたならば従前通りのライセンス契約は存続し、拒絶が選択されたのであれば、逆に、そのことについて、ライセンシーが、その受け入れを表明すれば、ライセンス契約は、終了となりますが、他方、ライセンシーが、これを受け入れないとした場合、その知的財産に関する権利を保持できる(ライセンサーの不作 為義務に関する範囲で権利を維持できる)ものです。もっとも、ライセンス契約上のライセンサーに対する特定履行を請求する権利は保護されないとされています。この米国倒産法のアプローチは、管財人による契約終了の選択に対し、最低限、ライセンスを受けた権利を実施することだけは可能になるという、いわば、第三の途が残されているものです。
 4 しかし、結局、このアプローチは採用されず、各種団体から、反対意見が提出されたものの、結局、新破産法では、対抗要件的アプローチが採用されました。この対抗要件的アプローチを指示する立場からは、破産法56条による保護でも、まだ、ライセンシーの保護に不都合があるというのであれば、それは、破産法ではなく、知的財産権に関する他の制度で対応すべき問題ではないかという趣旨で、その後、結局、対抗要件制度を整備する方向に動いていったと説明されて
います。

第6 対抗要件のないライセンシーの保護可能性

 1 なお、事例によって、管財人の解除権を制限しようとする考え方はあります。解除権の内在的制約論と呼ばれるものです。最高裁平成12年2月29日判決は、解除によって、相手方に著しく不公平な状況が生じる場合、原状回復の内容が均衡しているか、相手方の不利益の程度、契約の中核的なものかどうかなど諸般の事情を考慮して解除を制限する可能性に触れています。

第7 通常実施権の登録制度

  平成24年4月1日、99条が改正された特許法が施行されました。改正後は、登録なくして対抗できることになりました。最近の特許法の改正は多少めまぐるしい面もありますが、これで、ライセンサー破産の場合のリスクを多少回避できるようになったといえます。

 1 そこで、ライセンシーとしては、ライセンサーが倒産し、管財人等からライセンス契約を一方的に解除されないように、通常実施権の対抗要件を取得すべく、登録をしておく必要があります。条文上は、特許法99条になります。
 2 しかしながら、実際に、この登録がされるということは、ほとんどないと言ってもよい状態です。現実的に登録の必要性を感じる場面が少ないからと見ることもできるのですが、いざ、問題が起こってしまうと、その影響は小さいとは言えませんから、それでも、利用されていないということは、理由は、他のところにありそうです。
 3 まず、秘密性の問題です。性質上開示と相容れないライセンス契約もあるという現実があります。しかし、登録すると、当該実施権について、ライセンス契約がなされているという事実が、第三者にもわかってしまうということです。
とりわけ、包括的なクロスライセンス契約の存在が判明すると、ライセンサーとライセンシーの間の重要な企業戦略が明るみに出てしまうことになるでしょう。
会社の力関係や、提携の濃淡、営業活動等の取り組み具合まで推測されます。たとえば、市場において有利な地位を形成している企業にとってみれば、ライセンスをしているという事実は、なるべく秘匿しておきたいと考えていると思われています。というのは、ライセンスの事実は、見方を変えると、その企業による市場の支配力に穴があいているという印象を与えてしまうからです。あるいは、複数のライセンス企業の存在が明らかになると、ライセンス条件の差について新たな交渉が始まるきっかけになるかもしれません。仮に、このような市場環境の変化を嫌うとすれば、ライセンシーは、ライセンサーに対し、登録に協力してほしいと言ったとしても拒否され、あるいは、契約交渉自体は打ち切られてしまうこともあり得るでしょう。
 4 次に、現実的に、登録が無理な点が挙げられます。まず、業界によっては、ライセンサーがベンチャー企業であることがしばしばあるのですが、そのような場合、対象特許自体が、いまだ出願中の段階であることが多いため、ライセンスの登録ができないのです。
 5 次に、ライセンスの対象となる特許が、特許番号によって特定されることがないまま、たとえば、対象となる製品名(携帯電話であるとか、液晶テレビであるとか)などで包括的に示されている場合があります。そのような場合、必ずしも、ライセンスの対象に入るかどうか微妙な特許発明が生じてきます。
   特に、包括ライセンスでは、何々という製品に使用される、特許権、出願中の権利、及びライセンス契約締結日から5年経過日までに出願されるもの全てについて、ライセンスの対象とするなどの定めがある場合、登録は困難といえます。しばしば、指摘されるように、5年経過するうちに、新たな素材が開発され、技術が進展し、それらも、すべて出願すべきなのかどうか、ライセンサーとライセンシーとの間で見解の相違が生じる場合もあり得るところです。
 6 最高裁昭和48年4月20日の判決で、ライセンサーは、実施権の登録に協力する義務がないのが原則(契約で定めている場合は別)とされていますので、ライセンサーの協力が不可欠という点で、結局、登録を断念してしまう場合も想定できます。
 7 以上、簡潔にまとめますと、ライセンス契約のことを秘密にしたいという要請、出願中の権利のライセンスもあわせて登録したいという要請、特許番号による特定をしないで包括的なライセンス契約をそのまま登録したいという要請があることがわかります。
   上述のとおり、これらが、破産法ではなく、知的財産の保護制度の方で対応すべき問題であるとして、対抗要件制度を整備する方向に舵を切ったわけですから、これを放置することはできません。実際、どのように、変わったのでしょうか。

第8 特定通常実施権登録制度

 1 平成20年10月1日、特許庁は、産業活力再生特別措置法等の一部を改正する法律(により創設された特定通常実施権登録制度に係る登録申請書の受付けを 開始しました。新破産法の施行が平成17年1月1日ですから、約3年弱遅れての動きといえます。それでは、この特定通常実施権登録制度とは、どのような制度なのでしょうか。
 2 この制度は、特許権、実用新案権(とこれらの専用実施権)における通常実施権の対抗要件に関する特例制度です。ライセンスの対象となる特許権等の特許番号を特定しないまま通常実施権を許諾する契約、いわゆる包括ライセンス契約について、第三者対抗要件を具備することができるようになりました。
   いわば、従来の登録制度を補完する意味の制度ですので、通常実施権の成立や法的効果については、特許法(実用新案法)に規律されます。
   確かに、ホームページに掲載されている申請様式には、特許番号を記載する欄がありません。
   http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=
/tetuzuki/touroku/tokuteitujyojissikenseido.htm
   登録の目的と、登録の存続期間、申請人の名称等と添付書面に関する欄のみです。
 3 もっとも、登録権利者と登録義務者の共同申請となりますので、登録義務者の協力が必要となります。ただ、登録義務者の承諾書が添付されていれば、登録権利者のみで申請できます。ですから、ライセンス契約の締結の際、承諾書をもらっておけば良いといえます。具体的には、その承諾書には、登録申請を登録義務者だけで申請することを承諾する旨の記載と、年月日、権利者義務者の名称等を記載することになると思います。費用は、登録免許税として5万円とされています。特許庁6階南側出願支援課登録室で受けつけています。
 4 このように、包括的に登録することができますので、逆に、ライセンスの対象になっていない特許権をはっきり対象外とすると明示する必要が出てくる場合があると思います。そこで、ライセンス対象でない特許を個別に特定して範囲外にする制度があります。この場合、登録番号を特定する必要があります。この登録対象外登録申請は、特定通常実施権者(ライセンシー)だけで申請可能です。登録免許税は1000円とのことです。

第9 登録簿の閲覧交付の開示事項の範囲

 1 そして、この特定通常実施権制度は、ライセンスを秘密にしたいという要請にも配慮しています。特に、秘密にする要請が高い「ライセンシーの名称」、「ライセンスの内容(許諾された実施権の内容)」については、利害関係の濃淡による閲覧制限を設けています。
   誰でも、ライセンサーや、ライセンスの存続期間、対象外とした特許の番号は見ることができます。次に、当該特許権を取得した譲受人や、差し押さえ債権者、質権者、その他利害関係を有する者(政令で定めるものですが、まだ、作業は進んでいないようです。)(産活法64条2項各号)は、ライセンシーについても、登録事項の証明書の交付を請求できます。
   また、64条4項には、一定の要件を充たす場合(配達証明付き内容証明郵便で通知証書をライセンシーに出す。)、全ての登録事項が登録されている登録事項証明書の交付請求もできるよう定められています。このように、段階的に開示範囲をコントロールしています。
 2 もし、特許権等の差押えをする場合、実施権に関する開示請求も視野に入れる必要があります。

第10 仮通常実施権登録制度

 1 以上は、特定通常実施権登録制度について、包括的ライセンスの登録可能性と、閲覧交付の制限などが実現された話ですが、出願中の権利についてのライセンス登録については、どうでしょうか。
 2 平成21年4月1日、特許庁は、特許法等の一部を改正して、仮専用実施権及び仮通常実施権の登録に係る登録申請書の受付を開始しました。すなわち、登録設定前に特許を受ける権利にも対抗要件を備えることが途が開かれたのです。出願段階のライセンスに基づいて事業を準備、実施している企業に朗報ということです。加えて、秘密に関する要請にも対応し、秘匿ニーズの強い事項について、一般への開示を制限し、非開示事項についても、利害関係人による利害関係を有する部分について、例外的に開示するという規定になりました。仮通常実施権に ついていえば、特許を受ける権利を有する者や、差押債権者、破産管財人などは、仮通常実施権の情報の開示を求めることができます。
   また、実施権の登録事項から、対価の額(支払い方法、支払時期)が除外されましたので、申請書に記載する必要はなくなりました。実際、申請様式には、対価の欄がありません。
 3 なお、ライセンス契約の秘密との関連性でいえば、破産法11条(文書の閲覧)と12条(閲覧制限・事業継続36条)、及び13条(民訴法の準用)、民訴法92条(営業秘密)の、破産事件に関する文書の閲覧等の制限の規定があることをお伝えしておきます。民事再生法16条17条18条、会社更生法11条12条13条にも同趣旨の規定があります。

第11 ライセンスが維持された後、どうなるか

 1 通常実施権が対抗要件を取得したことにより、ライセンサーが破産したにもかかわらず、ライセンス契約の効力を維持でき、ライセンシーの通常実施権が守られたとします。そのような場合、その後、契約関係はどのようになっていくのでしょうか。
 2 上述のとおり、破産手続は、清算型の手続であって、最終的には、破産財団は、すべて、換価され、債権者等への配当に回されます。特許権等の知的財産も例外ではなく、破産財産を構成する財産として、第三者に売却され、換価される運命にあります。遅かれ早かれ、その特許権は、破産管財人によって第三者に譲渡されることになると思われますから、その後の法律関係が問題になります。
 3 再び、破産法56条を見てみましょう。56条1項は、「賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利」と定めています。この権利には、通常実施権も含まれると解釈されています。
 4 対抗要件を具備している以上、破産管財人から譲渡を受けた第三者といえども、実施権の効力は認めざるを得ません。そういう意味では実施権は保護されます。特許権者としては実施を認容するといういわば不作為を求められるだけですから、履行方法に特に異なる点は存せず、むしろ、実施権者にとっては、新たな特許権者に対し、義務を承継させる方が有利といえます。いわば、実施権の付着した知的財産権が第三者に譲渡されていることになります。ですから、譲渡を受けた側からいえば、逆に、実施を認容する義務を負う以上、これと対価関係に
たつロイヤルティ(実施料)の支払も受けられるというのが一般的な理解でしょう。すなわち、ライセンシーとしては、新しい特許権者に対し、ライセンス料を払っていくことになります。いわば、特許権の譲り受けとともに、その特許権に付着していた契約関係も引き継ぐことになります。
   これは、包括的にライセンスをしてもらっている例でも、同様といえるでしょう。
 5 もっとも、不動産の賃貸人の義務は、所有者が変わっても、その履行態様に変化があるとは言えないのが通常といえ、同様に、特許権による差止請求をしないという不作為義務を負うだけであれば、特許権者が変わっても、その履行態様に変化はないといえるでしょう。しかし、特許技術には、単に、差止請求をしないという不作為行為のみではなく、その提供、支援、サポートが不可欠な場合があります(ある種のリサーチツールもそのひとつといえます)。その場合、新たな特許権者が、サポート体制を継続できるか疑問になる場合もあり得るでしょ
う。この場合、特段の事情が認められる事例も想定可能といえそうです。

第12 対抗要件を具備したクロスライセンス(特許法94条1項の問題)

 1 次に、片面的にライセンスがされている場合ではなく、クロスライセンスがなされている場合を考えてみましょう。
   実は、クロスライセンスの内容は、一様ではありません。たとえば、Aというライセンスが無償で供与され、他方、反対に、Bというライセンスが無償で供与されているという場合についていえば、一見別々のライセンス契約のようですが、実質的には、AのライセンスとBのライセンスは、相互に、対価的な関係に立っているものと考えられ、対抗要件を取得している以上、それらが一体となって、新たな特許権者に移転すると考えることもできるでしょう。
 2 また、Aという有償のライセンスがなされるとともに、反対に、Bというライセンスも有償でライセンスされている場合は、本来、別個の契約が、別々になされている関係になります。そうすると、管財人としては、Aというライセンスは、対抗要件が具備されているので解除できませんが、Bというライセンス契約(ライセンシーの立場としての選択)については、履行か、解除か選択できることになりそうです。このように、クロスライセンスの部分解除が可能になりそうですが、場合によっては、AというライセンスとBというライセンスの関係を検討
し、一体のものとして部分解除を否定するのが相当な事案も出てくるものと思われます。すなわち、Aというライセンス契約とBというライセンス契約が、別個のものでありながら、実質的にはクロスされていると見られる場合です。この場合は、部分解除は否定されるべきと考えられるでしょう。
   これは、包括的なクロスライセンスについても、同様といえます。
 3 しかし、特許権等が、破産者から破産管財人が譲渡した第三者に移転し、これに伴って、ライセンス契約(実施許諾契約)も当該第三者に移転し、新たに、その第三者が、ライセンサーとなるという考え方は、クロスライセンスの場合、疑問が生じることになり得ます。
   すなわち、クロスライセンスの場合、破産管財人から知的財産権を譲り受けた第三者は、ライセンサーとしての地位を引き継ぐだけでなく、ライセンシーとしての地位も引き継ぐことになりそうだからです。
 4 しかしながら、通常実施権の移転については、特許法94条1項は、制限を設けています。通常実施権の移転は、実施の事業とともにする場合、特許権者の承諾がある場合、一般承継(相続など)の場合以外はできないことになっています。破産するのですから、実施の事業も清算する運命にあるのが通常ですし、一般承継の場面でもありません。
   従いまして、このような場合、やはり、クロスライセンスの相手方(破産していない方)の承諾が必要と解されます。
 5 そうなりますと、クロスライセンス、包括的クロスライセンスが締結されている場合、対抗要件を得ることによって、ライセンサーが破産した場合にで も、その通常実施権を守ることができたとしても、破産管財人が売却した先の第三者が、ライセンシーとしての地位を引き継ぐことに了解できない場合(ライバル会社が買い受ける場合もあり得ます。)、承諾をしないことによって、結局、クロスライセンス契約自体が終了してしまうことになり得ます。ということは、みずからの実施権も主張できないことになってしまいそうです。
 6 これは、包括的クロスライセンスの対抗要件を取得し、ライセンサーの破産に備えたとしても、破産管財人が処分した先の第三者の属性によって、結局、不本意ながら、クロスライセンス契約自体を解消し、みずからの実施権までも失ってしまうことを受け入れざるを得なくなる場合もあるということを示すものです。
 7 なお、管財人側からの視点では、通常実施権の登録をはずしてほしいという求められることがあるかもしれません。対抗力のある通常実施権が付着してない権利の方が、高く売却することができる場合もあるからです。そういう場合には、登録をはずすことへの協力金として、管財人からいくらか払ってもらうという交渉ができるかもしれません。
 8 登録を外す協力金として、対価を請求する場合は、破産者の特許権を誰が購入するのか見極める必要があります。そういう意味で、破産者の特許権の購入候補者の情報が、ライセンシーの立場では是非とも必要となるでしょう。場合によっては、破産管財人の申出を受け、特許権を買い取る判断も必要になると思われます。その場合、他の通常実施権者が誰かも確認する必要があります。

第13 やぶへび論と内在的制約論の関係

 1 最後に、指摘しておきたいことは、上述した「やぶへび」論に関するものですが、上述のように、破産法上、ライセンサーの破産からライセンシーを保護する手段が提供され、その手段としての対抗要件の具備の方法が、どんどん、利用しやすくなっているにもかかわらず、それでも、対抗要件を具備しないままでいたライセンシーに対し、破産管財人の行使する解除権の内在的制約論(最高裁平成12年2月29日判決)は、どんどん、その適用範囲を狭くしてしまっていることです。つまり、上述した「やぶへび」論に拍車がかかっている状態になります。

 2 こうして対抗要件的アプローチの瑕疵が、ひとつひとつ治癒されていくことによって、逆に、対抗要件を取得してないライセンシーの立場が、ひとつひとつ弱くなっていくという均衡関係を念頭にいれて、上記内在的制約論の前提とする関係者の利益状況を分析して主張していく必要がありますが、(包括的)クロスライセンス契約の場合、上述した問題への配慮が、多少とも内在的制約論の適用される場面を拡大させる可能性もなくはないものと考えられます。

 

365
(a) Except as provided in sections 765 and 766 of this title and in subsections (b), (c), and (d) of this section, the trustee, subject to the court's approval, may assume or reject any executory contract or unexpired lease of the debtor.
(n)
(1) If the trustee rejects an executory contract under which the debtor is a licensor of a right to intellectual property, the licensee under such contract may elect--
(A) to treat such contract as terminated by such rejection if such rejection by the trustee amounts to such a breach as would entitle the licensee to treat such contract as terminated by virtue of its own terms, applicable nonbankruptcy law, or an agreement made by the licensee with another entity; or
(B) to retain its rights (including a right to enforce any exclusivity provision of such contract, but excluding any other right under applicable nonbankruptcy law to specific performance of such contract) under such contract and under any agreement supplementary to such contract, to such intellectual property (including any embodiment of such intellectual property to the extent protected by applicable nonbankruptcy law), as such rights existed immediately before the case commenced, for--
 (i) the duration of such contract; and
  (ii) any period for which such contract may be extended by
the licensee as of right under applicable nonbankruptcy law.

 

以 上

         

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