年金記録確認第三者委員会の判断
弁護士 永 島 賢 也
2009/2/3
国民年金法と民法の相違
国民年金法では、民法と異なる定めをしている場合があります。
たとえば、民法上、婚姻は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、その効力が生じます(民法739条)。
他方、国民年金法では、「配偶者」、「夫」及び「妻」には、婚姻の届出をしていないけれども事実上婚姻関係と同様の事情にある者は含まれると定められています(同法5条8項)。すなわち、国民年金法が適用される場面では、婚姻届けを出していない、いわゆる内縁の夫ないし妻も同様に扱われることになります。
期間の計算
そのほか、国民年金法では、被保険者期間を計算する場合、月によるもの(月単 位)とされ、民法の期間の計算方法とは異なり(民法138条以下)、被保険者の 資格を取得した日の属する月から、被保険者の資格を喪失した日の属する月の前月までとされています(国民年金法11条)。
厚生年金保険法
これは、厚生年金法でも同様です。
同法は、被保険者期間を計算する場合には、 月によるものとし、被保険者の資格を取得した月からその資格を喪失した月の「前月」までをこれに算入すると定めています(厚生年金法11条)。
被保険者が、たとえば、事業所に使用されなくなったときは、その日の翌日に被保険者資格を喪失することになっていますので(同法14条)、たとえば、退職日が3月31日の場合、資格喪失日は、その翌日の4月1日となります。ですから、資格を喪失した月の前月である3月までを被保険者期間に算入することになります。
退職がたまたま月末だった場合、退職日が3月31日だから資格喪失日も3月31日であろうと思って届け出ると、3月の前月である2月までが被保険者期間となり、3月分が空白になってしまうおそれがあります。
離職日と資格喪失日の混同のケースとして、このような場合は、年金記録の訂正を求めることになるでしょう。
裁定時主義
ところで、厚生年金保険法33条は、その保険給付を受ける権利は、受給権者の請求に基づいて、社会保険庁長官が裁定すると定めています(33条)。同様の規定は、国民年金法16条にもあります。
年金記録問題検証委員会は、平成19年10月付けの報告書にて、この裁定という考え方の問題点を指摘しています。
*年金記録問題検証
委員会報告書
http://www.soumu.go.jp/s-news/2007/pdf/071031_3_02.pdf
すなわち、同報告書では、年金保険料の納付の有無、職歴等は、本人自身が、一番よく知っているはずで、裁定の請求の時や、あるいは相談の時に、当の本人に確認して、記録を突き合わせればよいという事務処理上の考え方が批判されています。
これは、厚生年金保険法33条が、受給権者の請求という行為を要求していることから、最終的に裁定請求の時に記録の確認を行えばよいと考え、さらには、裁定の請求がなされる時まで、年金記録が不確実のまま放置されていてもやむを得ないと考えているとすれば、それは、誤りである、という趣旨の批判です。
年金制度は、長期間に及ぶものであり、その間、たびたび、制度改正を経て、記録管理方式が変更されてきています。年金手帳記号番号で個人を特定するにしても、実際には一人に複数の番号を付してきています。本当は、番号による記録管理に誤りが生じたときや、異なる制度との記録の統合のときなどに、氏名・生年月日等の情報を本人に確認する仕組みがあればよかったといえるでしょう。本人から裁定の請求がなされるまでの間でも、本人に対し、定期的に年金記録を確認する仕組みがあればよかったのです。
翻って考えると、そもそも、年金保険料の納付の有無や職歴等は、本人が一番よく知っているはずであるという前提にも疑問があります。というのは、年金制度が前提とする期間は、通常、長期に及ぶことが予定されているものであって、その間に人の記憶には間違いが入り込んでしまうのが現実的といえるからです。
それゆえ、本来は、社会保険庁が、業務運営全般を通じて、記録の正確性について責任をもって確保すべきであったというべきでしょう。一般論として、「自分のことは自分が一番知っているはず」ということは、何十年も昔の事柄には当てはまらないからです。
保険給付の制限
厚生年金については、保険料を支払うのは事業主ですから、被保険者(たとえば、会社の従業員など)にとって、自分の給与から控除された保険料が、会社から社会保険事務所にきちんと支払われているかなど、通常、わからないのではないかと思います。
*同法82条2項は、事業主は、その使用する被保険者及び自己の負担する保険料を納付する義務を負う、と定めています。
ところが、同法75条は、保険料を徴収できない期間について、保険給付を制限すると定めています。つまり、保険料を徴収する権利が時効(2年)によって消滅したときは、当該保険料に係る被保険者であった期間に基づく保険給付は行われません。
もっとも、例外として、保険料が納付されていなかったとしても、事業主から適式の届出がなされており、あるいは被保険者による確認の請求がなされていた場合には、被保険者は保険給付を受けることができます。というのは、そのような届出や確認の請求がなされていたのであれば、それによって被保険者資格が明らかになっているのですから、にもかかわらず、保険料を徴収する権利を時効にかけてしまったことを、被保険者側の不利益とすることはできないからです。
* 確認の請求とは、厚生年金法31条に定めがあります。被保険者または被保険者であった者は、いつでも、第18条1項の規定(被保険者の資格の取得や喪失)による確認を請求することができます。
しかしながら、このような例外に該当しない場合、結局、事業主が保険料を納付していなかったため、被保険者は給与から保険料を控除(天引き)されていたにもかかわらず、保険給付を受けられなくなってしまうという結果は、いかにも不合理というべきです。
特例法
そこで、いわゆる厚生年金特例法の出番です。
同法は、事業主が、被保険者の負担すべき保険料を控除しておきながら、保険料の納付義務を履行したことが明らかでない場合、年金記録確認第三者委員会(以下、「第三者委員会」といいます。)の意見により、一定の場合、年金記録の訂正をすることを定めています。
もっとも、当該被保険者(未納保険料に係る期間を有する者)が、事業主が、保険料の納付をしていないことを知っていたか、または、そのことを知り得る状態であったと認められる場合には、記録の訂正はなされないことになります。
* 年金記録確認第三者委員会
http://www.soumu.go.jp/hyouka/nenkindaisansha/pdf/nenkin_gaiyo.pdf
年金確認第三者委員会
第三者委員会が判断をするときの基準は、申立内容が、社会通念に照らし「明らかに不合理ではなく、一応確からしいこと」です。つまり、判断するときに、十中八九間違いないという確信までは必要がないということです。
* 基本方針
http://www.soumu.go.jp/hyouka/nenkindaisansha/pdf/070709_1.pdf
通常、証明という場合、事実に関する高度の蓋然性が証拠によって基礎づけられたかどうかが、通常人による確信を基準として決められます。また、疎明という場合、証明のような高度の蓋然性についての確信までに至らなくても、相当程度の蓋然性が認められれば足りるとされます。
そうすると、「明らかに不合理ではなく、一応確からしい」という基準は、証明よりも、はるかに緩やかな基準であり、また、疎明よりも、さらに緩やかな基準と解釈することもできます。
いずれにせよ、裁判をする場合と比較して、はるかに、申立人に有利であって、まさに国民の立場に立って公正な判断を示そうとしているものと思われます。
法適用場面
ただ、上述のような事実の認定の問題ではなく、法の適用場面で被保険者資格が否定されるときは致し方ありません。たとえば、戦時中、民間の軍需工場で勤労動員学徒として勤務していたとしても、労働者年金保険法施行令の第10条は、「左の各号のひとつに該当する者は(中略)被保険者たらざるものとする」として、その第3号に「厚生大臣の定むる者」と定め、この規定について、厚生省告示第50号は、「昭和19年2月25日閣議決定の「決戦非常措置要綱」に基づく通年勤労動員学徒を指定す」としています。
つまり、勤労動員学徒は、被保険者に該当しないことになります。このように、法的な定めにより、被保険者に該当しないと判断される場合は、事実の認定の前提段階の問題ですので致し方ないと思われます。
以 上
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